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Chap.4-11 Arachnoid -アラクノイド- [Chapter4 剣の記憶]

「話とは何だ?」
 ジャッジマスター・ガブラスは黒いマントをなびかせて艦長室に入ってくるなり、単刀直入に聞いた。
「足止めをさせて心苦しいが、帝都から卿の耳にも入れておきたい情報が入ってな。」
 ジャッジらしからぬ金朱の甲冑姿のジャッジマスター・ギースは、西方総軍旗艦リヴァイアサンの艦長席からゆっくりと立ち上がった。 かつて王宮を彩っていた豪奢なダルマスカ織の絨毯を敷き詰めたその室内は、雅な彫像と豪奢を究めた調度に溢れ、帝国きっての名門政民であるギースの貴族趣味を如実に示していた。その背後に雲を下にして青空を埋め尽くす第8艦隊の大型艦とその間を行き交う輸送艇アトモスの姿が無ければ、とても飛空戦艦内の一室とは思えない。
 兜を脱いだギースは、骨張った頬に鷹揚な主人が客に向かって見せるような笑顔を浮かべながら、ジャッジマスター統括に歩み寄って傍らの席を勧めた。
 ガブラスは僅かに躊躇ったように見えたが、自らも兜に手をかけた。その素顔に光が射すのを待って、ギースは言った。

「ルスナーダ卿が自害した。」

 兜の下から、鋭い目がチラリとギースを見た。
「・・・元老院と帝国軍内の反ソリドール派を扇動しクーデターを画策しているという情報を公安3局が掴み、すぐに逮捕のため私邸に向かったところ     .
 ギースの目が探るようにガブラスを見た。
「ルスナーダ卿は、元老院議員の身でジャッジの断罪を受ける恥辱に耐えきれず、既に自ら命を絶った後だった、ということだ。」
 ガブラスはそのまま無言で黒灰色の兜を外すと、ゆっくりと上座のソファに腰を降ろした。
 兜の下から現れた、その彫像のように硬く冷えた横顔を見ながら、ギースはゆっくりと言葉を継いだ。
     という筋書きが、公安9局のジャッジメントかな?」
 ガブラスの目が再びギースを見た。その鋭い視線には微塵の動揺も無い。
「・・・やはり貴公らの仕事だったか。」
 ギースは薄い唇に笑みを浮かべてその目を見返しながら、彼の正面に腰を降ろした。
「3局に情報を流したのも貴公ら9局であろう?だが最初から、ルスナーダ卿を逮捕させる気などなかった。」
 そこで初めて、公安9局のジャッジマスターは口を開いた。
「一人の血で、争乱そのものを葬ることもできる。」
 その重い剣のような声には、ジャッジの名に相応しく、微塵の迷いも容赦もなかった。
「奴を見せしめに、事が始まる前に幕引きか?寛大なことだ。」
 ギースはクックと笑った。
「他の連中はさぞかし安堵していることだろう。・・・生け贄にされたルスナーダは自らにケリをつけることに大人しく同意したかね?」
「卿は、奴に自らを処する胆力があるとでも思うのか?」
 ガブラスの言葉に、ギースは軽蔑するように眉根をひそめた。
「・・・さぞ見苦しく命乞いをしたことだろうな。」

 窓の外を、軽巡洋艦シヴァの白く優雅な姿がゆっくりと横切っていく。金彩も鮮やかな白く長い装甲を両の脇に付け、丸い小魚のようなアトモスを周りに引き連れたその姿は、豪奢な室内から見れば、青い空を泳ぐ巨大な白銀の熱帯魚のようでもある。
     しかし、9局も回りくどいことをする。」
 ギースは、ドルストニス空域に集結した己の艦隊を満足そうに見ながら言った。
「幾ら口は達者でも自ら血を流す覚悟も無い者に付く軍がどれほどある?いっそ反乱でも起こさせて一度に根絶やしにしてしまう方が手がかかるまい?現にダルマスカではそうやって反乱軍を壊滅に追いやったのではないか。」
 ギースの薄い唇が嘲笑に歪んだ。
「・・・極上の戦利品まで手に入れてな。」
 ギースの目が隔壁の向うを見遣った。そこには、ガブラスがヴェイン・ソリドールから預かってきたその”戦利品”が、厳重にしまい込まれているのだ。
 だが、ギースより5つも年若いジャッジマスター統括の返事は明確だった。
「帝都の市民は辺境の属領民とは違う。」
 ガブラスは言った。
「我らジャッジとて帝国内の情報を総てコントロール出来るわけではない。まだ形にもならぬ謀反を白日の下で暴き立て、反逆者の首級を並べるようなことをすれば、むしろその反乱に形を与えることになる。・・・たとえ肌を刺す虫ほどのことであれ、”反乱が起きた”という心証そのものがソリドール家の権威を傷つけ、帝国のみならずイヴァリース全土の秩序をも乱すのだ。」
「・・・一人の見せしめで震え上がるほど物分かりが良い連中なら、こちらも楽なのだがな。」
 ギースは口元を歪めて苦笑した。
「ルスナーダの後釜にフェンゾル卿を押し込もうとさっそく手を回してはいるが、懲りることを知らない年寄り共はラヴェイン卿を据えようと躍起になっている。グレゴロス議長もここぞとばかりにしゃしゃり出てラヴェインの後押しを始めた。・・・何ともやりにくい。」
 その言葉に、ガブラスは事も無げに答えた。
「ラヴェインなら辞退する。」
「何?」
「今頃は既に出国した頃だろう。・・・そして二度と、彼がアルケイディアの土を踏むことはない。」
 ギースの目が、鋭く探るようにガブラスを見た。
「今度は何を嗅ぎつけた?」
 ガブラスは分厚い羊皮紙の書状を無造作に放り出した。
 その時代がかった飴色の文書を見て、ギースの目が僅かに光った。
「・・・ほう。相変わらず9局は鼻が利く。」
 そこには、ラヴェイン卿の属領での不正蓄財の数々がびっしりと並び、更にその”不正な手段での国家財産の国外持ち出し”と反逆者・ルスナーダ卿との関係が激しく断罪されていた。その総じた罪は、「帝国という共同体に対する反逆」     
 こうなっては、ラヴェイン卿がイヴァリースのどこへ逃げようとジャッジの断罪から免れることは不可能だ。イヴァリース全土に配されたジャッジが、見つけ次第、その場で刑を執行することを許される。
 その刑は、もちろん・・・死。
「ラヴェインといえばナブディス壊滅の際、ヴェイン閣下を糾弾した急先鋒だ。ジャッジ・ベルガが嬉々として狩るだろう。・・・奴のことだ、裁きの剣を振り下ろすだけでは喰いたりまい。」
 ギースは自らも残酷な喜びでも感じているかのように、歯を見せて笑った。
 好きにさせるさ、とでも言うようにガブラスの口元も僅かに緩んだ。
 ギースは言った。
「そうなれば当面帝都の情勢は安泰、我々も後顧の憂いなく西を睨むことが出来るというわけだな。」
 だがガブラスはあくまでも慎重な物言いを崩そうとはしなかった。
「気を抜いてもらっては困る。陛下の御健康が優れぬ今、内外に僅かな隙も見せるわけにはいかんのだ。」
「分かっている。」
 ギースは神経質に眉根を寄せて言った。
「だからこそ、こうやって『御視察』ごときにリヴァイアサン以下の大艦隊を動かして鼠共の鼻面に突きつけているのだろうが。・・・ビュエルバの反乱軍は縮み上がって息も吐けまい。」「間違えるな     
 ガブラスは言った。
     窮した鼠には噛みついてもらわねばならん。」

「・・そうだったな。」
 ギースは頷いた。なにしろこちらは極上の餌を手に入れたのだ。2年の時を経て、やっと”事”が動き出す機会を得たのだ     .
「あの娘、一言も口をきかんそうだな?」
 ギースの問いに、ガブラスは頷いた。
「気位だけは一人前だ。ああいう連中は、例え総てを失ってもそれだけは手放さんらしい。」
 彼の厳しい声が、初めて嘲笑の色を帯びた。
「未だ”反乱軍の一兵士”と言い張っておきながら、貴賓室という名の独房に当然のような顔をして入っていったな。」
「ハッハッ、それはいい!ダルマスカ攻めの際はヴェイン閣下も使われた部屋だと聞けば、夜も眠れまい。」
 ギースは耳障りなしゃがれ声で笑った。
 だがギースは、突然その笑いをピタリと止めた。

     動くかな?」

 ガブラスがギースに顔を向けると、もはや笑っていない窪んだ目が正面から見返していた。
 ガブラスはじっとギースを見たまま、答えた。
「・・・動いた者を裁くまでのこと。」
「柄にもなく惚けることはあるまい。」
 ギースは歯を見せて笑った。「誰も反乱軍の雑魚共の話などしてはいない。」
     !」
 ガブラスの瞳に凍てついた炎を走るのを、ギースは満足感と共に眺めていた。
 2年前の”主役”の一人だったはずの公安9局のジャッジマスターにとって、独居房の男のことは、そしてその”餌”をこのギースの手に委ねねばならぬことは、恐るべき屈辱に違いない。ギースは声をたてて笑いたい衝動にかられた。
 ガブラスの刺すような瞳は、なおもギースに注がれている。視線を動かさぬまま、ギースは浮かんだ笑みをゆっくりと腹の底にしまい込んだ。
 尚も無言でこちらを見据えるその顔を見遣りながら、ギースは独居房で見た男の顔を思い出さずにはいられなかった。
      本当によく似ている。
 いくら同じ林檎の片割れとはいえ、まったく違う道を歩んできた二人が、17年の時を経ても尚、こうも似たままでいられるものなのか。
 研ぎ澄まされた剣のように硬く澄んだ面構えも、火と闇を同時に宿した目の光りも。
「・・・無論だ。」
 苦い物を吐き出すように、ガブラスは答えた。
「そうでなければ、奴も今までおめおめと生きてはいまい。」
 ガブラスはそう言い捨てて、苛立たしげに席を立った。
「・・・それは吉報。」
 ギースは言葉と同時に再び己の兜を被って言った。
「枷が外れたのを幸いに、滅んだ国などあっさり見限る男ではないかと、いささか心配だった。」
 ガブラスの背が僅かに揺れるのを、ギースは金に輝く兜の下から、もはや抑えることのない嘲笑と共に眺めていた。

「・・・卿が言うのであれば、間違いあるまい。」







「・・・なあ、兄貴。」
 ギジューの退屈そうな声が耳に入った。
 パンネロは俯いていた顔をそっと上げた。
 ここへ来てから、いったいどれくらいの時間がたったのだろう。がらんとした部屋の片隅では、4人のバンガ達がチョコボの干し肉を囓りながら退屈そうにカード遊びでヒマを潰している。
 一人負けらしいギジューは、引いたカードを見るなり渋い顔で舌打ちしながらバッガモナンに言った。
「脱獄したのは本当にバルフレア達に間違いないンすかねぇ。」
「何だと?」
 バッガモナンがギロリと手下の顔を睨んだ。
「俺が嘘を言ってるとでも言う気か?あン?!」
 プロテクターを付けた鼻面をヌッと突き出されて、ギジューは貧相な方をすぼめて縮み上がった。
「だ、だって、いつものヴィエラの他に、小汚いガキとオッサンが一緒って言うじゃないすか!」
 その言葉に、パンネロは耳をそばだてた。胸の鼓動が急に早くなる。
「奴らが他の連中とつるむなんて初耳っすよ。     それも男と。」
 ギジューは”男”という言葉に力を込めた。
「でもアイツらだってそう言ったじゃないのさ。コソドロの小僧と反乱軍の兵士と4人で逃げてるって。」
 勝ちゲームで機嫌のいい女バンガのリノが、小馬鹿にしたようにギジューに言った。
「そりゃそうだけどよ・・・。」
 どうやらリノの方が力関係は上らしい。ギジューは自信なさげに鼻面を下げた。
 だが、
「そういや、ラバナスタで見た時にはガキの他に女の子と一緒だったな。・・・なんで女の子がオッサンに変わったンだ?」
 今度はブワジが太短い首を傾げた。
「な?変だろ?それにジャッジの奴らだって、それぞれ言うことが・・・」
「うるせぇ     !!」「ひぇっ!」
 坑道が揺れるほどのバッガモナンの怒鳴り声に、手下達は跳び上がった。
「いつまでもガタガタ言ってンじゃねえ!奴は来るったら来るンだよ!!」
 バッガモナンは緑色の顔をもっと緑色にして、鼻面のプロテクターが吹き飛びそうな鼻息を吹かしながらわめき立てた。
「シュトラールの足ならそろそろやって来てもおかしくねぇ。てめえらは外でも見張ってろ!」
「・・・。」
「さっさと行きやがれ!」
「へぇ~。」
 
 賞金稼ぎ達の乱暴に遠ざかっていく足音を聞きながら、パンネロは一人、込み上げる安堵に肩を震わせていた。手の中の白いハンカチを握りしめ、こみ上げてくる嗚咽を懸命に抑えた。

 バルフレア達はナルビナ城塞の地下牢を脱出したのだ。
 そして、ヴァンも一緒なのだ。

(・・・約束、守ってくれたんだ・・・)

 真っ白なハンカチに、暖かな涙の滴が音もなく零れ落ちていった。







 背中がシートにめり込む。
 胃が持ち上がる。
 耳が痛くて千切れそうだ。

 激しい加速と高度上昇共に襲ってきた強烈なGと激しい揺れに圧倒されて、ヴァンはただひたすらシートにへばりついていた。もはや空の眺めを楽しむどころではない。ひたすら目を閉じて湧いてくる吐き気をこらえるのに精一杯だった。
 鼓膜を貫く金属音が響く向うで、バルフレアの声がした。
     ヴァン、着いたぜ。」
 その声に、ヴァンは閉じていた目をゆっくりと開いた。
「・・・?」

 真っ白だ。
 上下左右、白一色で、何も見えない。
 空中大陸って、一体     .

 その瞬間、シュトラールは分厚い雲の中を突き抜けて、青空の下に躍り出た。
「うわぁ・・・!!」

 目の前一杯にその空中大陸は浮かんでいた。
 豊かな緑に覆われたその島は、ラバナスタの街より僅かに大きいぐらいだろうか。それでも周りに浮かぶプルヴァマ・ドルストニスの大小の島々の中では一際大きい。島の中央はなだらかな稜線を描く小高い丘となり、裾野から中腹まで肩を寄せ合うようにして石造りの街並みが広がっている。
 まるで海に浮かぶ島のようにも見えるが、その陸地の下半分は大地からえぐり取られたかのように岩の根が伸び、荒々しい岩肌を剥き出しにしている。
 その島と遙か下のイヴァリースの大地とを繋ぐ物は何もなく、広がる青い空の海原を、幾多の飛空艇と羽ばたく鳥達が飛び交っている。
 本当に、陸地が空に浮いているのだ。
「すっげえ・・・」
 ヴァンは、瞬きすら忘れて目の前の景色に見とれていた。

「お疲れ、ノノ!よくやったな。」
 バルフレアが機関室に声をかけると、トランスミッターからノノのホッとした声が響いた。
『とにかく、無事に着いて良かったクポー。一時はどうなることかと思ったクポ。』
 シュトラールはゆっくりと旋回しながら、空中都市へ向かって高度を落としていく。
 だんだん近づいてくる空中大陸の姿を、ヴァンは食い入るように見つめた。
 緑の樹々はミニチュア細工のような街を抱いて、青空の中キラキラと輝き、深い緑の間を流れ落ちる一筋の滝からは、清冽な水しぶきが淡い雲となって流れていく。
 本当に、箱庭のように美しい場所だ。
「・・・あれ何?」
 ヴァンは空中大陸の中央部に見える大きな邸宅を包むようにして聳えるものを指さした。透きとおった二つの翼のようなその巨大な構造物は、深い緑の森を背景に青く美しく光を放っている。
 着船のための識別コードを入力していたフランが答えた。
「あれはオンドール侯爵邸。あの巨大な魔石は、この空中都市と侯爵邸のシンボルよ。」
「あれ全部、魔石で出来てるのか?!」
「今のところイヴァリース最大の一枚岩の魔石だろうな。」
 驚きっぱなしのヴァンの顔を面白そうに眺めながらバルフレアが言った。
「見ての通り、ビュエルバはダルマスカよりずっと小さな都市国家なんだが、質のいい魔石を輸出して相当潤ってる。オンドール侯爵があれこれ帝国に協力してるおかげで、いまだに征服されずに済んでるのさ。」
「帝国に協力・・・か・・・」
 その言葉を聞くと、熱くなっていたヴァンの胸に冷たい水をかけられたような気がした。
 傍らのバッシュに目を遣ると、彼も無言でオンドール邸を見ているようだった。
 だが、その静かな目からは、彼が何を思っているのか、ヴァンにはよく分からなかった。
「なあ、魔石鉱ってどこにあるんだ?」
 ヴァンはバッシュから目を逸らすように身を乗り出して、バルフレアに聞いた。
「ここからじゃ見えない。街を外れたあたりに坑道の入り口があるはずだ。」

『こちらビュエルバ飛空艇ターミナル     

 シュトラールの船内に明るい女性オペレーターの声が響いた。

『識別コードを確認しました。シュトラール号の着船を許可します。4番スポットをご利用ください。』

「さあ、面倒はさっさと片付けるぜ。」
 バルフレアの右手が再びスロットルレバーに伸びた。
 シュトラールが眼下のターミナルへ向けて白い翼を拡げる。

     .ようこそ、空中都市ビュエルバへ!』

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