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Chap.5-1 Puer -少年- [Chapter5 空中都市]

 高地の強い日差しを逃れた風が、ターミナルの長いロビーを吹き抜ける。
 空中都市ビュエルバの飛空艇ターミナルは、意外なほど静かだった。
 観光客で賑わう街の割にはロビーを行き交う人々の姿はまばらで、一番響く足音は落ち着かなげに歩き回る数名の帝国兵の足音だった。(・・・ここにもあいつらがいるのかよ。)
 到着の高揚感に水を注されてムッとするヴァンをよそに、バルフレアとフランとバッシュの3人は、陽の差し込む出口へ向かって歩き出した。機関長のノノは、シュトラールと一緒にドックに居残りだ。
『おかしいクポ・・・整備は完璧だったはずクポ・・・一体どうしてクポ~』
 思いも寄らぬグロセアエンジンの不調で、ノノは可哀想なほどしょげていた。
 だが、ものの3秒もたたないうちに、萎れた耳もボンボンもピン!と張って、
『とにかく!みんなが帰るまでには今度こそバリバリの絶好調に仕上げとくから、楽しみにしとくクポ!』
 と、スパナを片手に元気に言ったものだ。
(立ち直りの早さは俺といい勝負かな。)
 小さな機関長のピンクの鼻を思い出しながらヴァンが微笑した時、
「ビュエルバ飛空艇ターミナル・インフォセンターよりお知らせです     
 ターミナルにアナウンスの声が響いた。
「本日もバート交通公社をご利用いただきまして、誠にありがとうございます。本日は都合により飛空艇定期便を全面運休させていただいております。皆様には御迷惑をおかけいたしますが、今しばらくお待ちくださいませ。」
「・・・運休?」
 ヴァンは改めてターミナル内を見回した。なるほど、行き交う人々は少ないが、待合所のあちこちには、大きな荷物と一緒に手持ち無沙汰に座り込んでいる人々の姿があった。商売道具らしい木箱に腰掛けて欠伸をしている者もいれば、ソファに腰掛けておしゃべりしている家族連れもいる。ターミナルの真ん中で金褐色に輝いているゲートクリスタルの前でも、おあずけを食らった犬よろしく人々がボヤいていた。
「ゲートクリスタルも使えないのか。」
「ミストの干渉とかでダメなんだと。」「ほんとかよ・・・」
 イヴァリースの各所に点在するゲートクリスタルは、ラバナスタのモグシーのように一瞬で人々を別の場所にあるゲートクリスタルまで飛ばす不思議な魔石だ。モグシーと違って運べる距離は国を超えるほど遠くでも可能だが、その人が実際に行って目と心に焼き付けた場所でなければ移動することは出来ない。
「ゲートクリスタルはミストが不安定だとすぐ使えなくなるんだよな~。」
「近くの空域に帝国の大艦隊が集結中だっていうし、そのせいじゃないのか。」
 そう言って恨めしそうに振り返ったバンガ族の視線の向うには、仁王立ちする帝国兵の黒い甲冑があった。
「我が軍の要請により、飛空艇定期便は一時全面運休だ。搭乗客はしばらく待機するように。いいな!」
 苛立ったように高飛車に呼ばわるその兵士の他にも、ターミナルのあちこちを帝国兵がせわしく行き交っている。よく見ると閉鎖されたカウンターの中でも受付嬢としきりに話している兵士がいる。
「ちぇっ・・・デカいツラしやがって。」
 ヴァンは舌打ちした。
 だが、同じ帝国兵の姿は見えても、その様子はラバナスタとはどこか違っていた。
「帝国の都合で民間のフネが飛べないったぁどういうことだよ!」
 声を荒げるビュエルバの住民らしい男の前では、別の帝国兵がしきり恐縮している。
「申し訳ない、事情は話せないがビュエルバ政府の許可は得ているのだ。」
「何が許可だよ!・・・あぁもう、お前じゃらちがあかねぇ!」
 男は帝国兵を蹴飛ばしかねない剣幕で捲し立てる。帝国兵に向かってこんなに遠慮無く不満をぶちまけたら、ラバナスタなら即刻逮捕されてしまうだろう。
 他のカウンターでは帝国からの旅行者らしい男が、受付嬢を捕まえて文句を言っている。
「出発予定時刻はとうに過ぎているのに、いつになったら私の飛空艇は離陸できるのだ!」
「申し訳ございません・・・」
 足止めを食らっているのは帝国人も同じらしい。何かにつけて帝国人だけは優遇されるラバナスタとは随分違う。なんだか、待たされてイラついている民間人よりも、待たせている帝国兵達の方が焦ってオロオロしているようにすら見える。
 意外そうな顔のヴァンに、暇そうに出発を待っていた帝国人の男が声をかけてきた。
「今日は我が軍の兵士を多く見かけるな。本国や属領ならいざ知らず、中立国では珍しいことだよ。」
「ふぅん・・・」
 頷くヴァンに目を遣ったその男が、傍らのフランに目をとめて驚いた声をあげた。
「おや、君の連れはヴィエラ族なのか?これは珍しい・・・」
「え?あぁ・・・」
 その時、ヴァンの肩をバルフレアがポンと叩いた。
「行こうか。」
 バルフレアは気ままな旅人のように気安く笑うと、フランをいざなって先に立って歩き出した。

「空中都市ビュエルバへようこそおいでくださいました!」
 ターミナルの出口には、観光都市ビュエルバらしく若い男性のガイドが立って、出てくる人々に街の案内をしている。
「私ども政府公認のビュエルバガイドが旅行者の皆様をエスコートさせていただきます。この飛空艇ターミナルをお出になりますと、ビュエルバのメインストリートであるトラヴィカ大通りです。」
 その張りのある声に混じって、甲冑の触れ合う金属音と慌ただしい足音が響く。
 集まった帝国兵の殺気だった声が耳を突く。
「駄目です、いません!」
「探せ!」
 苛立ちを隠せない帝国兵達の足音が街へ出る雑踏の中へ再び散っていく。
 その傍らでは、元気な男の子が目を丸くして親に向かって話をしている。
「あ~、びっくりした。飛空艇を見てたら、いきなり帝国の兵隊さんに肩をつかまれたんだよ。誰かと間違えたのかな?」
 耳に入ってくる音へは目を向けず、バルフレアはバッシュにチラリと目配せすると、声を落とした。
「あんたは死人だ。用心してくれ。・・・名前も出すな。」
「無論だ。」
 厳しい表情でバッシュが頷いた時、

「うわ     っ!すっげぇっ!!」
 ヴァンが素っ頓狂な歓声を上げて駆けだした。
「本当に空中都市なんだ!街が空の中にある!」
 飛空艇ターミナルから伸びるトラヴィカ大通りは、鉄骨造りの巨大なアーチ橋で始っていた。深い緑に蔦の葉のような繊細な細工が美しい。緑のアーチの先には赤褐色の石造りの街が丘を嘗めるように伸び、その先は鮮やかな緑の樹々がプルヴァマ全体を包むように繁っている。
 橋の上を行き交うたくさんの観光客に混じって欄干から身を乗り出して眺めれば、足の下も目の前にも果てしもない真っ青な空が広がり、薄い真綿のような雲が目の前をゆったりと流れていく。雲の合間から傘のような白い帆を持った旧式な複葉の飛空艇が現れると、木造の船体を低くきしませながら、ゆっくりと橋の下を通過していく。
 ヴァンは足の下を飛んでいく飛空艇を追って、橋の中央の、ちょうど床が格子状になっている所を覗き込んで声をあげた。
「見ろよ!ほら、足の下から空が見えるぞ!・・・ほら、飛空艇が通る!・・・あっちも!」
 夢中でプルヴァマの風景を眺めるヴァンを見遣りながら、バルフレアが呆れた溜息をついた。
「・・・あいつ、ここに何しに来たか分かってるのか?」
「子供じゃしょうがない。」
 フランは事も無げに言うと、橋の上を抜ける強い風に長い耳を揺らしながら、乱れる銀髪に手を遣った。
「初めての旅にしては船酔いもせずに元気なものだ。・・・空賊になる見込みはあるんじゃないか?」
「勘弁してくれ。・・・あんたが言うと冗談に聞こえなくて困る。」
 鷹揚に笑うバッシュにバルフレアが恨めしそうな視線を返すと、
「おーい!」
 人波の向うでヴァンが大声を上げて手を振った。
「みんな何のんびりしてんだよ!パンネロが待ってるんだ、早く行こうぜ!」
「・・・・・・。」

 大人達の溜息などどこ吹く風で、ヴァンが橋の上の人波を縫って走っていくと、橋を渡りきったところで通りは昇りの階段になっていた。のんびり腰を降ろして話し込む住民達の側を、観光客が気楽な笑顔を浮かべて歩いていく。
 立ち止まったバルフレアが言った。
「ルース魔石鉱はこの先だ。・・・最近あそこの魔石は品薄らしいが。」
 ヴァンは彼の視線を追って坂の通りを見上げた。両側に立ち並ぶ重厚な石造りの建物の間を、トラヴィカ大通りは階段と坂道を繰り返しながら真っ直ぐ伸びている。その先は深い緑に包まれたなだらかな山へと続いている。
 この先に、パンネロと、あのバンガ達がいる     .
 ヴァンが胸に大きく息を吸い込んだ、その時、
 背後で少年の澄んだ声が響いた。

     魔石鉱へ行かれるんですね。」

 振り返ると、欄干から身を乗り出すようにしてブルヴァマの景色を眺めている少年の背中が見えた。少年はポンと思い切りよく欄干から飛び降りると、利発そうな笑顔を見せてこちらへ歩み寄ってきた。12,3歳くらいだろうか。艶のある黒髪はきちんと手入れされ、上等で仕立てのいい服をを身につけている。よほど裕福な育ちなのだろう、胸に二匹の蛇を象った大きな硬玉の首飾りを付け、腰には一人前にレイピアまでさげている。
 少年は、物怖じしないハキハキとした声で言った。
「僕も同行させてください。奥で用事があるのです。」
 突然の申し出に、バッシュは身を固くした。
「どういう用事だ?」
 だが少年は、大人の鋭い声にもまったく臆することなく、率直な微笑みと共に問い返した。
「では、あなた方の用事は?」
「っ!」
 思わず返答に詰まったバッシュを遮るように、バルフレアが即座に答えた。
「いいだろう。ついてきな。」
 その、いとも気安い返事にバッシュが驚きの目を向けると、微笑を浮かべたバルフレアの視線は、少年の背後の人混みへ向けられていた。
「ただし、俺達の目の届くところにいろよ。その方が面倒がはぶける。」
 行き交う人々の間を、焦りの色を浮かべた帝国兵達が誰かを捜すように右往左往している。
 その少年はバルフレアの目を真っ直ぐ見返すと、心得た顔で頷いた。

     お互いに。」

 ほんの一瞬、二人の間を沈黙が走った。
 互いに笑みを浮かべた少年と若者の、その一瞬の間を破ったのは、
「お前、名前は?」
 何とも気楽な、ヴァンの開けっぴろげな声だった。
「・・・は?」
 どうやらヴァンの存在に気付いてなかったのか、少年の返事は僅かにつっかえた。
「ラ・・・ラモンです。」
「分かった。」
 ヴァンはラバナスタの子供達にでも言うように、胸を張って鼻を擦ると、
「たぶん、中でいろいろあると思うけど、心配ないよ。」
 そう言って少年の両肩にポンと手を遣ると、バッシュの方を見上げて言った。
     なあ、バッシュ?」
「っ!」
 思わず喉が詰まったような声を上げて、バッシュはバルフレアと顔を見合わせた。
「ん?・・・どうかしたのか?」
 ヴァンは頭にバカが付くほど無邪気な顔で、頭痛でも起こしたような二人の顔をキョロキョロと見た。
どうかしたのかとフランを見れば、彼女は聞こえなかったような顔をして明後日の方を眺めている。
「何だよ?・・・俺達が付いてるから大丈夫だよな?バッシュ。」
「あ、ああ・・・」

 深い深い溜息と共に、死んでいるはずの将軍は頷いた。
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