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CHap.4-10 Strahl -シュトラール(2)- [Chapter4 剣の記憶]

     帝国機か?!」

 ヴァンがバタバタと転がるようにコックピットに駆け込むと、
「らしいな。」
 あくび混じりにバルフレアが答えた。「らしいな、って・・・」
 ヴァンは唖然としてパイロットシートのバルフレアを見た。
 バルフレアはシートの上で呑気に両手を頭の後ろに組んで片足を操縦桿に乗せたまま、退屈そうにキャノピーの向うの空を眺めている。
「機体確認。・・・バウンサー5機。」
 傍らで、忌々しいほど冷静なフランの声が聞こえた。
「何やってんだよ!撃ち落とされるぞ!」
 青くなって怒鳴るヴァンに、
「いいから、おとなしく見てろ。」
 あろうことか、バルフレアはニヤリと笑ってウインクを返した。
「え?」
 一瞬キョトンとしたヴァンは再び前を向いた。
 帝国機の黒い点が見る見る大きくなる。黒い三角形の機体に、傘みたいに大きなグロセアリングを付けた歪な機体・・・。
 真っ直ぐに迫ってくる帝国機の一隊に、シュトラールは避けもせずに真っ直ぐに突っ込む。
 黒い砲塔がこちらを向いている。エンジンの鋭い金属音が耳に刺さる     .
「うわっ!・・・あ・・・」
 ヴァンは思わず目をつぶった。

「・・・あれ?」
 恐る恐る目を開けたヴァンはぽかんとして前を見た。前方には雲一つ無い青い空が広がっている。振り返ってみると、5機の帝国機は既に小さな点になって遠ざかっていた。
「素通りした・・・?」
 呆然とするヴァンに、
「バウンサーはわざわざ自分から仕掛けてきたりしない。」
 バルフレアは相変わらず足を操縦桿に投げ出したまま言った。
「バウンサーって?・・・」
「バウンサー、つまり『ようじんぼう』ってな、・・・あの冴えない飛空艇の名前から来てるんだが・・・この辺の『空域の安全と秩序を守る』って建前で1日中ブラブラ哨戒してる帝国空軍のことさ。」
 バルフレアは相変わらず退屈したように言った。
「奴らはこっちが手を出さない限り何もしてこない。警備兵が賞金首を墜としたところで、自分の義務を果たしただけで、賞金は手に入らないからな。手を出してうっかり撃墜でもされたら、それこそ馬鹿を見る。」
「だからやる気ゼロってわけか?」
 呆れた顔のヴァンに、
「宮仕えってのは割に合わない商売さ。・・・なあ、将軍?」
 バルフレアが面白そうに後の席のバッシュに声をかけたが、バッシュは微笑を浮かべて肩をすくめただけだった。
 バルフレアは言った。
「あいつらは『ギルを積まれりゃ何でもやるが、ギルを積まなきゃ何にもしない。』 襲われた輸送船が『礼金出すから助けてくれ』とでも言わない限り、どんな船も見ないふり、面倒は御免って連中さ。」
「へえ・・・。」
 感心したように頷いて、ヴァンは言った。
     あんたとそっくりじゃん。」
 後ろで誰かの肩がピクンと動いた。
 フランが咳払いをしたフリをした。
 だが、バルフレアは片方の眉をちょっと動かすと、済ました顔でヴァンに言った。
「俺はギルだけじゃ動かないぜ。」
「じゃあなんだよ?」
「女だ。」
「・・・。」
 しゃあしゃあと言ってのけるバルフレアに、ヴァンが呆れた溜息をついた時だった。
「左舷後方からバウンサー2機。・・・3機!」
 さっきとはまるで違ったフランの鋭い声が響くと同時に、
「うわっ!」
 激しい衝撃にシュトラールの機体がグラリと揺れた。
「撃ってきた!」
 ヴァンは大きくよろけながら悲鳴をあげた。
「さっきと話が違うじゃないか!」
「ちっ!・・・どこにも生真面目な奴はいるもんだ。」
 バルフレアは舌打ちをして操縦桿に飛びついた。
 激しく旋回するシュトラールに、転げ落ちないようにシートにしがみついたヴァンは、機銃を掃射してくる相手の機影を見た。
「あれ?さっきのと色が違う。」
 蝿のように飛び交う3機の飛空艇は、形こそさっきの帝国機と同じだったが、黒ではなく赤い機体だ。
 隣でバッシュが頷いた。
「帝国機ではないな。・・・空賊か。」
「空賊?!だったら帝国機を襲えばいいのに!」
「お前、今どき本気で空賊が義賊か何かだと思ってるのか?」
 鋭く操縦桿を切りながらバルフレアが言った。3方から注ぐ機銃の雨の間をシュトラールは滑るようにすり抜けていく。
「だって皆の自由を奪って苦しめる連中は、自由を愛する空賊の敵だろ?!そういう時に一肌脱ぐのが本当の空賊だって、ミゲロさんが・・・」
 ヴァンは耳をつんざく機銃の爆音に負けないように怒鳴った。
「いつの時代の話だ。」
「人は自分に都合のいい夢にすがりたがるものよ。」
 二人の空賊は呆れた顔で首を振った。
「お前んとこのバンガがどう思ってるのか知らないが、こういう手合いが今時の”空賊”さ。自由どころか御褒美目当てのハイエナ稼業とは情けない連中だぜ!」
 キャノピー一杯に迫った敵機を掠めるように鋭くシュトラールがターンをかける。衝突寸前まで接近されてバランスを崩した1機が、クルクル回りながら後方へ流れていく。
「ヴァン!首を折りたくなけりゃ座ってベルトを締めろ。」
「う、うん・・・」
 さすがにヴァンも素直にベルトを締めた。機銃の雨が嵐のように降り注ぐ中、数秒おきに天と地がひっくり返り、激しい揺れは嵐の海もここまで酷くはないだろうという有様だ。ヴァンの胃も今にもひっくり返りそうだった。
「・・・気をつけろ。さっきの1機がまた追ってきた。」
 隣でバッシュの冷静な声がした。他の三人ときたら、飛空艇が上になろうと下になろうと、激しい銃撃に晒されようと、まるで平気な顔だ。
「さすがに賞金が自分の懐に入る奴は目の色が違うわね。」
「ガツガツしてやがる。」
 鬱陶しげに呟くバルフレアに、鋭い目で敵機を見ながらバッシュが言った。
「よほど君の首で新しい飛空艇を買いたいんだろう。     振り切れるか?」
「誰に言ってる?」
 バルフレアはチラリと振り返って不敵に笑った。
「こっちは『イヴァリース最速の空賊』だぜ。」
 そう言ってスロットルに手を伸ばした時、
「待って!」
 フランの声がその手を止めた。
「エンジンの出力が上がってないわ。・・・ノノ、一体どうしたの?」
『さっきから原因不明の浮力の低下が起きてるクポ!補助システムとサブリングをフル回転させてるけど、今のスピードでバランスを維持するのが精一杯クポ!』
 インターコムから響くノノの声に、
「ちっ、またか・・・」
 バルフレアは舌打ちして、恨めしそうにヴァンの方を見た。
「お前と関わってからろくなことがない。」
「悪かったな!」
 そう言う合間も、3機の飛空艇はグロセアエンジンを唸らせながらシュトラールに追いすがり、しつこく機銃を浴びせかける。
「ったく、バウンサーなんかとちんたら追いかけっことは、『最速の空賊』の名が泣くぜ。」
「どうすんだよ?!パンネロを助ける前に俺達が落っこちたら元も子もないだろ!!」
「だったら置物みたいにじっとしてな!」「わぁっ!」
 急旋回に頭がもげそうな程振り回されたヴァンは、傍らを見て目を丸くした。
「おい、バッシュどこ行くんだよ!?」
 ヴァンが声をかける間にも、バッシュは脇のステップを上がると天井の狭いハッチを開けて中に姿を消した。
「何やってんだよ?!」
『振り切れぬのなら、墜とすしかあるまい?』
 インターコムから声が響いて、正面の砲塔がぼぅと光った。
「おいおい・・・」
 バルフレアが肩をすくめた。「俺の見せ場はこれからだってのに・・・」
『後ろに付けてくれ。手早く済ませよう。』
「アイアイサー!     ったく、軍人ってのは割り切りが良すぎる。」
 バルフレアは苦笑いして、グッと操縦桿を引いた。


 急旋回したシュトラールが敵機の後方に回り込む。
 激しく揺れる砲座で、バッシュは手早く機器を確認した。
 サイトが十文字の目を開く。右手でトリガーの感触を確かめる。
「YPA・・・アルケイディア製か。」
 バッシュは小さく呟いて目を細めた。


『随分手を入れたようだな!』
 インターコムからバッシュの声が響いた。
「余分な弾は積んでないんだ。女を扱うように大事に頼むぜ!」
『それは生憎だったな!』
 返事と同時にいきなり主砲が火を噴いた。
「うわっ!っとと!」
 激しい反動に首をガクガク揺らしたヴァンの目の前で、赤いバウンサーが爆煙に包まれた。
「やったぁ!」
 ヴァンの歓声が消える間もなく、シュトラールの主砲は再び光を放ち、敵機を貫く。
 爆炎と共に砕け散った浮遊石が白い光を放つ。
 瞬く間に2機の飛空艇がナルドア海に向かって墜ちていった。
「バッシュ、すっげぇ!!」
 ヴァンが目を見張って大歓声をあげた。
『・・・こっちは戦場しか知らん無骨者でな。』
「いい腕だ。     ダルマスカ兵はチョコボで砂漠を走り回るのだけが能ってわけじゃないな。」
 バルフレアの言葉に、
「あったりまえさ!」
 と、ヴァンが自慢げに胸を張った。「・・・お前が言うな。」
「もう一機が粘ってるわよ。」
 フランが釘を刺した時、
『フラン!こっちは何とかいけるようになったクポ!』
 インターコムからノノの元気な声が飛び込んできた。
『補助カートリッジも全部ぶち込んで、リミッターもぜーんぶ解除して、限界突破のアフターバーナー全開で回すクポ!バルフレア、思いっきり行くクポ~!!』
「いいぞ、ノノ!」
 その声を受けてバッシュが素早く砲座から降りる。
 満足そうに頷いたバルフレアの手が、スロットルを一杯に引いた。
「よし、一気に行くぞ!」

 6機のグロセアエンジンが蒼い炎のように輝きを増す。
 リングの回転が高まって、唸りは耳をつんざく金属音に変わる。
 二つの翼が大きく腕を伸ばした瞬間、
 シュトラールは追いすがる飛空艇を一瞬で置き去りにして、白い弾丸となって輝く雲を貫いていった。

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