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Chap.4-8 Departure -出発- [Chapter4 剣の記憶]


      .突然の将軍の生還は、イヴァリースに四散する解放軍に少なからぬ動揺と、その反作用とも言うべき互いの接触の再開をもたらすことになった。
 この事が、疑心の虜となった解放軍に再びの結束を蘇らせるのか、新たな混沌をもたらすのかは、未だ予断を許すところではない。
 だが今、解放軍とダルマスカにとって焦眉の急は、帝国の手に落ちたア
     .

「ダラン爺!     
 突然飛び込んで来たヴァンにダランはペンを置くと、書きかけの本を閉じた。
「ほう・・・無事にバッシュ将軍と会えたようじゃな。」
 ヴァンの後ろに立つバッシュを見て、ダランは言った。
「そんなことより、大変なんだ!パンネロが賞金稼ぎにさらわれた!」
「な、なんじゃと!?」
 ダランは驚きの声をあげた。物知りダランの地獄耳にも、このことは届いていなかったとみえる。ヴァンは舌を噛みそうになりながら、急いで酒場での事の顛末を話して聞かせた。
「それで俺達、これからルース魔石鉱に助けに行ってくる!」
「バッシュも一緒に行く。アマリアって解放軍の兵士を助けに行くんだ。なっ?!」
 振り返ったヴァンに、
「・・・ああ。」
 硬い表情で頷いて、バッシュはダウンタウンの老人を見た。
「ルース魔石鉱・・・ビュエルバか。」
 ダランは長い髭をしごいて唸った。窪んだ黒い目が白い眉の下から物言いたげにバッシュを見上げた。
「むぅ、あやつは信用できるものかどうか・・・。」
「ん?」
 ヴァンは二人の男の間で目を泳がせた。
「何だよ?」
「いや、独り言じゃ。」
 ダランは惚けてヴァンから目を逸らした。バッシュもダランの方を見たまま、何も言わない。
 だがヴァンには、二人が自分には聞こえない声で、何だかたくさん言葉を交わしたような気がした。
(また隠し事かよ・・・)
 ヴァンは苦々しく舌打ちした。
 大人って奴は、どれだけ腹の底に隠し事を抱えてりゃ気が済むんだろう。
 そんなに俺が子供だと思うなら、好きなだけ隠してりゃいいさ。
「それで、ダラン爺に頼みがあるんだけどさ     
 ヴァンは二人の様子に気付かないふりをして、ダランに言った。
「これを預かって欲しいんだ。」
「これは・・・」
 それは、傷だらけになった歪なハート型のエスカッションと、使い古されたメイジマッシャーだった。
「王宮に忍び込んだ晩、ガラムサイズ水路で斃れてた解放軍の兵士から・・・借りたんだ。」
 ヴァンは冷たい水の中で動かなくなっていた少年兵の姿を思い出しながら言った。
「俺ぐらいの歳でさ・・・。もし持ち主が分かるようなら、家族に返したいんだ。・・・家族がいれば、だけどな。」
 ”借りる”という言葉の意味をすぐに察したダランは、静かに頷くと、その盾と剣を受け取った。
「それからこれも。」
 ヴァンはもう一本の剣を差し出した。
「これは・・・レックスの剣か。」
「うん。新しい剣買ったし・・・俺には、これがあるから。」
 ヴァンはダランの前で右手に付けた皮のグラブを外して見せた。中指にくすんだ銀の指輪が光っていた。レックスが弟に残した、たった二つの形見の一つだ。
「分かった。預かっておこう。」
 ダランは穏やかに笑ってミスリルソードを手に取ると、真っ白な眉を厳しくした。
「ヴァンよ、くれぐれも用心して行け。なんとしてでもパンネロを助けるのじゃぞ。」
「任しとけって。」
 ヴァンは元気に笑って胸を張ると、プンと口を尖らせてダランに言った。
「ダラン爺こそ覚悟してろよ。あんたには帰ったら聞きたいことがたくさんあるんだからな!」
 そして傍らのバッシュを睨み付けた。
     あんたにもな。」







 入り口でミニスカートの綺麗なお姉さん達が笑顔でお辞儀する間を駆け抜けて、ヴァンとバッシュはラバナスタ西門横の飛空艇ターミナルへ駆け込んだ。明るい外から飛び込むと、ターミナルの中はひどく薄暗く見えた。高い天井を照らす灯りの下は、帝国からの旅行者や出稼ぎにいく者や商人達でごった返している。
「仕入れのためにビュエルバへ行くところさ。そのついでに観光もするつもりなんだ。あそこは街中にガイドがいるから便利だよな。」
 景気の良さそうな商人が出航を待っている脇では、
「ああ・・・・もうすぐ彼と別れないといけないの。なんて切ない。そしてなんて悲しい・・・・。ナルビナに働きに行くなんていわないで欲しかった。この街で・・・・・のんびり暮らせれば充分なのに。」
 出発時刻も間近だろうにハグして離れぬ恋人達がいる。
「気まぐれで観光などしなければよかったわ。こんな田舎、何もありませんでしたわ。早く屋敷に帰って、のんびりしたいですわ。」
 勝手にやってきて勝手に怒っている暇な帝国人の女性が靴音高く歩いてるかと思えば、
「ねえ、うちにはちゃんと自家用飛空艇があるのに、どうして交通公社の飛空艇で旅行するの~。トロいし、混んでるじゃんか。」
 金持ちそうな家族が山ほどの土産のと共に待合いスペースに座を占めて呑気にお喋りしている。
「あら?ゆったりした特等席から平民たちを眺めて旅するの、ママ大好き。坊やも大人になればわかるわよ。」
「そうだね、ママ。パパはそんなママが世界で一番好きさ。」
 そんな旅行好きの一家の目の前を、鋼鉄の無骨な定期便用の飛空艇の鯨のような巨体が、ゆっくりと青い空に向けて出航していく。
 だがここでも、一際高く足音を響かせているのは出入国を厳しく監視する帝国兵達の軍靴だった。もはやラバナスタでは当然の光景とはいえ、冷たい足音が近づくたびに、ヴァンとバッシュはさりげなく背を向けて、人混みに身を紛らわした。
「恐れ入りますが、そちらの便はただいま欠航中でございます・・・」
 受付嬢に頭を下げられた男が、フェンスで仕切られた無人のカウンターを恨めしそうに見ている。その更に奥では、馬鹿みたいに広い空間を占拠して、黒い甲冑が厳めしく歩き回っていた。
(・・・けっ!)
 ヴァンは小さく舌打ちして、ターミナルの人混みをキョロキョロと見回した。
「えーっと、バルフレア達はどこだっけ?」

「本日は飛空艇ターミナルをご利用いただき、まことにありがとうございます・・・」
 大時計の下の総合案内の女性は、型で押したような完璧な笑顔で言った。
 なにしろまともに飛空艇に乗るのは初めてのヴァンなのだ。ただなんとなく総合案内の女性に声をかけてみたのだが     .
「バート交通公社の飛空艇定期便には、買い物などをお楽しみいただけるゆったり飛空艇と、スピード重視の高速飛空艇がございます。」
「あの、定期便じゃなくてさ・・・」
 イラつくヴァンにもまるでお構いなしに、案内嬢の口は同じペースで決まり文句を流し続ける。
「航空券はチケットカウンターで販売しております。目的地ごとにカウンターがございますので、そちらへお申し付けくださいませ。」
「ああ、カウンターね・・・」
 ヴァンがあたふたと隣のカウンターに走ると、同じ笑顔をした受付嬢が同じ笑顔で頭を下げた。
「こちらは飛空艇チケットカウンターでございます。当カウンターではナルビナ城塞行きの乗船チケットを取り扱っております。」
「いや、俺達が行きたいのは・・・」
「船内でお買い物などを楽しめるゆったり飛空艇と、目的地への移動がメインの高速飛空艇がございますので、ご希望に合った船種をお選びください。」
「それはさっきも聞いたし・・・」
「どちらの飛空艇も料金は同じでございます。なお、出発はチケットのご購入後すぐとなります。料金は200ギルになります。ご購入されますか?」
「あの!俺達が乗りたいのは個人用飛空艇なんだけど!」
 たまらずヴァンが声をあげると、受付嬢はやっぱりプラスチックみたいな笑顔で言った。
「個人用受付カウンターでしたら、そちらになります。またのご利用をお待ちしております。」
「・・・。」
 また別のカウンターで同じ事を聞かされるのかと、ヴァンがうんざりした時、片方の耳から何やらヒソヒソと話す声が聞こえてきた。
「なぁなぁ、そこの待合いスペースで外向いて立っている男って、バルフレアじゃないのか?ここのところメキメキ頭角を現し始めた空賊だよ。」
 見ると、確かに一番奥の待合いスペースに、かの若い空賊が一人で立っていた。すぐ傍らを帝国兵が行き来しているというのに、大胆なものだ。
「ふぅん・・・あの人、そんなにスゴイの?」
 子供を交えたヒソヒソ話はおかしな程ヴァンの耳にはっきりと聞こえてくる。コソコソ話ほど、雑踏の中でもはっきりと耳に入るものだ。
「ああ・・・天才的なテクニックで飛空艇を操り、賞金稼ぎや軍の追跡なんてものともしないとか。」
「へぇ、すっげー。」
「それに・・・いや、子供にはまだ早い話だな。」
(・・・けぇっ。)
 何が子供にはまだ早いだよ。どうせ行く先々で女の子でも口説いてるっていうんだろう。
(あいつに賞金かけたのも、捨てられて恨んでる女だったりして。)
 そんなんでこんな騒ぎに巻き込まれたなら、パンネロもたまったもんじゃない。
 ヴァンはその噂話に呆れながら、同時に、焦りにも似た羨ましさを感じながら、待っている男の方へ足を向けた。
「もう支度は出来たんだろうな。」
 ヴァンが声をかける前にバルフレアの方がこちらに気付いた。
「できたよ。」
 ヴァンは手に持った麻の袋を振ってみせた。バルフレアはその袋の妙な大きさに胡散臭そうな顔をしながら言った。
「言っておくが、出発したらしばらくは戻れないかもしれないぞ。心残りはないな?」
「問題ないって。」
 心残りなんて、嫌な言い方をする。
 バルフレアはヴァンの後ろでバッシュも頷いたのを確認して、頷いた。
「まずは空中都市ビュエルバに向かうぞ。目的のルース魔石鉱には、その奥から入れる。・・・ったく、面倒なことに巻き込まれたもんだ。」
 もう何度目かの同じ愚痴をこぼすバルフレアに、
(巻き込まれたのはどっちだ、っての!)
 と、ヴァンは思ったが、果たして誰が巻き込んだのかは、長い議論になりそうだ。
 だが、今さら詮無いお喋りをする気は誰にもなかった。

「・・・まあいい。さっさとお嬢ちゃんを助け出すぞ。ついて来い。」







 フランは個人用小型船のドックの入り口で待っていた。彼女に続いて、既に天井のハッチが開いて眩しい日差しの差し込むドックに足を踏み入れると、
「うわぁ・・・」
 ヴァンは思わず声をあげた。

     .シュトラールだ。」

 バルフレアが愛機の名を告げるより早く、ヴァンはバルフレアの腕をかいくぐるようにして、その飛空艇に駆け寄った。

 それは、見たこともない飛空艇だった。
 その流線型の白く輝く機体はスピード感に溢れ、6枚の金色の補助翼の後ろには伸びやかな可変型の主翼を備えていた。機体全体に金と紫の凝った装飾が施されたその姿は、豪奢で俊敏な鳥を思わせた。いや、主翼を胴体の後部にぴったりと閉じた姿は、むしろ空を裂く両刃の剣のようでもあった。
 だが何より目を引いたのはこの機体のエンジンだった。小型の機体にも関わらず、前部には船体ほどもある大型のグロセアエンジンが2機、そして中央から後部にかけて主翼の根元に当たる部分に、補助エンジンが4機もあった。
 その大出力が生み出すであろうスピードと機動性は想像もつかない。
「なかなかのもんだろ?」
「すごいな!ほんとに空賊なんだ!」
 隠しようもない憧憬に目を輝かせるヴァンに、まんざらでもなさそうにバルフレアは笑った。
「俺の首で飛空艇が買えるぜ。」
 なおも見とれるヴァンを尻目に愛機に向かうバルフレアの前で、シュトラールの船腹のハッチが開いた。
「おう、お疲れ!行けるか?」
 バルフレアが声をかけると、緑色の小さな姿がタラップを跳ねるように降りてきた。
「いつでもOKクポ!」
 スパナ片手にバルフレアに笑顔を返したのは、緑のツナギに緑の帽子をつけた茶鼠色のモーグリだった。その小さな背中に背負った黄色いリュックには、彼の真っ赤なボンボンと同じ、赤くて可愛いチューリップのアップリケがついている。
「もしかして”機関長”って・・・」
 ヴァンがポカンと口を開けて傍らのフランを見ると、フランは澄ました微笑で頷き返した。
(モーグリだったのか・・・)
「君が”空賊志望のヒヨッココソドロ”クポ?」
 そのモーグリは円らな瞳をクリクリさせてヴァンを見上げた。
「モグはこの船の機関長のノノ、クポ。よろしくクポ!」
「はあ・・・」
 ヴァンは口を開けたまま、その可愛いらしい機関長の小さな手と握手した。なんだかこの感覚、前にもあったような・・・。
 と、ヴァンが思う間もなく、ノノはヴァンの手などほっぽりだして、バルフレアにちょこまかと駆け寄った。
「ミストカートリッジの積込み完了!グロセアエンジンの出力テスト、オール・クリア!ついでに出港手続きも総て完了!いっつでも行けるクポ~!」
「上等だ。」
 ノノと一緒にタラップを駆け上がっていくバルフレアの背を追いながら、ヴァンは一際大きなグロセアエンジンの巨大なリングを見上げた。
 本物の飛空艇、本物の空賊、本物の空への旅。
 それを思うだけで胸はいっぱいになり、体中を巡る血がカッと沸き立つ。
「なあ、スピードは?武器はついてる?イフリートより凄いのか?」
「教えてやってもいいが     
 バルフレアはハッチを潜りながら振り向いた。
     .自分で感じたいだろ?」
 若い空賊はキザなウインクを飛ばして自慢の愛機の中へと姿を消した。


「フラン、航路たのむ。」
「最短はドルストニス空域ね。」
 二人の空賊が慌ただしくパイロットシートに着くや、コンソールに次々に灯が入った。
 レーダーディスプレイが眼を覚ます。
 グロセアリングが低い唸りを上げて回転を始める。
「今はうるさい蝿がが多いわよ。いいの?」
「かまわん、突っ切るさ。」
 ヴァンはバッシュの後ろからキョロキョロと機内を見回しながらコックピットに入った。後部座席に腰を降ろしたものの、すぐに身を乗り出して目の前に並ぶディスプレイとコンソールを齧り付くように見た。
「すっげー・・・」
 計器盤の針が踊るのを夢中で見ているヴァンの隣で、バッシュが固い声でバルフレアに言った。
「ビュエルバはどうなっている?」
「自由を保ってるよ。一応な     
 バルフレアは背中越しに答える。
「王女の自殺やあんたの処刑を発表して帝国に協力したオンドールへの見返りさ。」
 ハッチが閉まる音がする。係留索が外れて機体が僅かに揺れる。
「・・・私が生きていることが広まったら、彼は信用を失うな。」
「やだねえ、政治ってやつは。」
 バルフレアが皮肉に笑うと同時に、グロセアリングが一気に回転を上げた。
「よぉし、上がるぞフラン!」
 バルフレアの右手がスロットルを引く。
「お行儀良くしてないと舌噛むぞ。」
 その声に、ヴァンは慌てて後部座席に腰を降ろす。
 グロセアエンジンの青い光が輝きを増す。
 白い飛空艇はラバナスタの地を離れゆっくりと垂直に浮上すると、その両翼を一杯に拡げた。
 キャノピー一杯に青い空が広がり、砂漠の太陽が目映く差し込む。
 
 初めての空。
 まだ見ぬ空中大陸。

 エンジンの咆吼が一際高くなり、ヴァンの鼓動もそれに連ねて一気に高まる。
 その鼓動が最高潮に達した時、6機のエンジンが青い閃光を放って、白い光弾は紺青の空を一直線に貫いた。

     待ってろ、パンネロ!」

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