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Chap.4-4 The Memory of the Sword -剣の記憶(2)- [Chapter4 剣の記憶]

「ならばオンドール侯の発表はどうなる?!」
 その激しい怒声に、ヴァンは部屋の隅で足を止めた。


 そこは、人いきれでムッとするような空気が充満していた。薄暗い電球の明かりの下、倉庫の頃そのままの仕切りの無い広い空間には、数十人の男達が集まって激しい口論を交わしていた。
「陛下を殺したのはあの男だと発表したのは侯爵だ!」
「侯爵も騙されていたというのか?」
 ヴァンの顔見知りの男が真っ青な顔で怒鳴っていた。その場のほとんどはラバナスタのダウンタウンに潜る解放軍メンバーのようだったが、中にはヴァンの知らない者達もかなりいた。
 彼らの多くは剣で武装していたが、粗末な短剣だけの者から、重い長剣を提げた者まで様々だった。
「騙していたのかもしれんぞ。・・・侯爵も一緒になってな。」」
 真新しい刀傷のあるプロテクターを付けた男が皮肉な声をあげた。まだ新しい血のしみで汚れた皮の設えを見ると、彼は王宮襲撃の生き残りなのだろう。よく見ると、彼と他の数名だけが、その場の一隅でまるで水を弾く油のように他の集団から離れて座を占めている。
 ラバナスタ解放軍     ダルマスカに点在するどの解放軍からも徹底して距離を置き、どの解放軍よりも激しい実力行動を続けてきた組織。その秘密主義ゆえ、反逆者の残党ではと敬遠されてもきた。
 その彼らが、今は他の解放軍兵士達と共に、一同に介していた。
「しかし、侯爵は!・・・」
「なぜそう奴を信用できる?我が身大事さに帝国に尻尾を振るしか脳がない男ではないか!」
「っ!!」
 歯軋りをして言葉を飲み込んだ見慣れぬ男は、ビュエルバから来たのだろうか。その男の周りに集まった一団に向かって、襲撃組の男は尚も言った。
「お前達もそうだ。ビュエルバの自由を失う覚悟で戦えるのか?・・・いくら剣の束を握ってみせたところで、遠巻きに隠れているだけでは敵は倒せん!」
「何だと?!」
 その言葉に、ラバナスタの解放軍達も憤慨の声をあげた。
「お前達のようにただ流血を繰り返して、一体何が変わる!」
「騎士団の誇りだけのために剣を奮えさえすれば、それで満足か?!」
「そうだ!」
「そうだ!」
「侮るなっ!」
 男は怒りに声を震わせた。
「ダルマスカの誇り、ダルマスカの自由のためだ!」
 その「騎士」であっただろう男は、注がれる幾多の「解放軍」の視線に、汗に汚れた頬を震わせた。
「・・・この2年、お前達のやってきたことは、そうやって我らの流した血を貶めることだけだ!」
     もういい、やめろ。」
「しかし、将軍!」
「やめろと言っている。」「・・・はい。」
 その声の主の鋭い目に制されると、男は声を飲んだ。その顔からは激情も皮肉も消えて、自制する緊張が取って代わった。
 声の主が前に進み出た。
 意思の強さを感じる張った顎に、短い黒い髭、背にした大きな長剣。
 ダラン爺の家や王宮襲撃の場で見かけた、あの男だ。
 将軍って・・・じゃあ、この人がアズラス・・・ウォースラ・アズラス将軍。
「今は互いの在り方を議論をする時ではない。」
 彼は叱責するような強い口調でラバナスタ解放軍の者達にそう言うと、まるで停戦協定を結んだばかりの敵軍を見るような目で、彼らに対峙する他の「解放軍」を見遣った。

      そうだ。彼らは一時停戦をしたのだ。互いに敬遠、反発しながらも、憎悪の対象であることでは誰にとっても変わらない「裏切者」を前にして。

「・・・陛下を暗殺したのが将軍ではなくジャッジだというなら話は繋がる。」
 彼らは再び、突きつけられた証言に声をあげた。
「陛下を除いて一番得をするのは、やはり帝国だ!」
「だとすれば将軍はジャッジの兄弟だぞ。そんな男、信用できるものか!」
「・・・奴を信用するかじゃない。奴の言うことを信用するかだ。」
 ラバナスタ解放軍の男が、苦々しく吐き捨てた。
 その時、彼らの背後で扉が開く音がした。入ってくる足音の方を振り返った彼らに、浅からぬどよめきが起こった。
 ヴァンもそれを目にして息を飲んだ。
 姿を現したバッシュは、服も替え、髪も髭も短く整えていた。
 身につけた質素な服と、はっきりと見えるようになった額の大きな刀傷を除けば、2年前と同じバッシュ・フォン・ローゼンバーグ将軍の姿が、そこにあった。

「やっとオレの知っているバッシュになったな。」
 かつての盟友に向かって、ウォースラが言った。
 再び戻ってきた男は、総ての感慨を飲み込んで、ただ一言、言った。
     ならば共に闘えるか。」
 ウォースラは、答えなかった。
 彼の言葉より先に、周りの者達から次々に声が上がった。
「本人の言葉だけでは信じられん!」
「そうだ!」
「何の証拠がある!?」
「自分に都合のいい話だけじゃないか!」「・・・帝国に都合の良すぎるオンドールの発表よりマシだ。」
 そう吐き捨てた王宮襲撃組の男は、だがその場の誰よりも刺すような鋭い目でバッシュを睨み付けている。
「だがレックスはこの男が陛下を殺すのを見たと!・・・」
「レックスも嘘をついていたのか?!」

     兄さんが嘘なんかつくかよ!」

 ヴァンは思わず兵士達の間に飛び出していた。
「ヴァン・・・」
「お前、何でこんなところに・・・」
 顔見知りの兵士達が驚いて声をあげた。
「兄さんは・・・嘘なんかつかない!」
 ヴァンは、兵士達の前で一人歯を食いしばった。今まで何度もそうしてきたように。
     そうだ。レックスは目撃者に仕立てられたのだ。」
 兵士達の壁の向うから、静かな声が響いた。
「私が陛下を暗殺したと見せかける帝国の陰謀だ。」
 拭えぬ疑念に揺らぐ兵士達が振り返る背後から、ただ一人揺らぐことのない瞳が、ヴァンを見ていた。
「よくよく縁があるな。」
 バッシュは言った。
 穏やかなその声は、暖かかった。
 ヴァンはただ小さく頷いて、剣を持つ手に力を込めた。

 そのヴァンの視界を遮るように、
「レックスの弟か     
 目の前に男が立った。アズラスだった。もはや隠すこともない長剣を背負い、使い込んだ胸甲に身を固めたその長身は、今まで見た彼より更に大きく見えた。
 彼はヴァンが手にした物に目を遣った。
「ダランだな・・・。」
 そう呟いた彼は、胸の中を抉るような鋭い目でヴァンを見た。そして突然、アズラスはヴァンの手から奪うように剣を取り上げると、バッシュの方を向き直った。
「こんな子供なら信じるかもしれんが、お前の話には何の証拠もない!」
 アズラスは、鋼鉄の門のように断固とした口調で言いはなった。
     共に動くわけにはいかん。」

 だがバッシュの声も揺らぎはしなかった。
「アマリアは救うべき人ではないのか。」
「っ!」
 アズラスは絶句して顔を背けた。それは、奇しくもジャッジマスターからアマリアのことを告げられた時のバッシュの表情とダブって見えた。
 二人の沈黙に、周りの兵士達がざわめいた。多くの者は困惑したように顔を見合わせている。王宮襲撃組だけが、凍り付いたような表情を顔に貼り付かせて、やはり他の集団から顔を背けている。
 「同志・・・」「女・・・」という声が、ヒソヒソと交わされる声の間から漏れてくる。
 アマリアのこと、他の解放軍の連中は知らないんだな。
 小さく閉鎖的な組織の一兵士のことなど、他の解放軍のメンバーは知らないのも当然だろう。
(やっぱり人違いか。)
 ヴァンは内心苦笑した。・・・そうだよな。あんな気の強い分からず屋、王女様とは似ても似つかないさ。
 ・・・でも、小さな組織の一兵士だからって、このまま彼女を放っておくんだろうか。
 バッシュ以外に、彼女を助けに行こうって奴はいないんだろうか。

 不安なざわめきの中、ヴァンは忘れていたダランの言伝てを思い出した。
「あの・・・」
 ヴァンが声を出した途端、ざわめきはピタリと止んで、不安な沈黙へと変わった。環視する多くの兵士達の刃物のような鋭い視線に晒されて、ヴァンは今になって自分が場違いな場所にいる気がした。
「あのさ、ダラン爺が・・・『剣が語るものを忘れるな』って。」
 その言葉を耳にした途端、兵士達の幾人かがハッとして顔をあげた。アズラスの背がピクリと揺れた。
 バッシュも微かに息を飲んだ。
 ヴァンは自分の言った言葉が何を意味したのかも分からず、ただ戸惑った。
「・・・皆に伝えろってさ。・・・俺、ちゃんと伝えたからな。」
 ヴァンが再び黙り込んでも、ヴァンが水面に投げ入れた小石の波紋はまだ彼らの中に広がっているようだった。沈思するような静けさが、ざわめきに取って代わった。
 やがて、バッシュに背を向けたまま、アズラスが口を開いた。
「部下の命を預かる以上、最悪の可能性を考えるのが俺のつとめだ。」
 その声は苦渋に濁った。「・・・あの夜のヴェインの襲撃も見透かされ、泳がされていた。」
     オンドール同様、お前も帝国の犬かも知れん。」
 振り返った彼は、友の顔を正面から睨み据えた。
 バッシュもまた、友の顔を見返した。「ならばどうする。」
     俺を拘束するか?」
「!」

 二人の男の間に、激しい火花が散った。
 抜き身の刃を撃ち合わせたように、互いの視線が斬り結んだ。
 ウォースラの視線は、動かない。
 バッシュの視線も、動かない。
 ヴァンも、その場の誰も、二人の気迫に声も出なかった。
 そして、ウォースラの眉間が先に揺らいだ。

 ウォースラは厳しい表情を微塵も崩さず、手にしたダルマスカ剣を無言でバッシュに投げてよこした。
 クリスタルのように硬く澄んだバッシュの瞳は揺らぐことなく、その手は剣をしっかりと受け取った。
「・・・お前は変わらんな。ウォースラ。」
「忘れるなバッシュ     
 総ての感慨を断ち切るように、ウォースラは鋼の強さで言い放った。
「ダルマスカ全土に解放軍の目が光っている。お前はカゴの鳥も同然だ!」
 バッシュの唇から、苦い笑みが僅かに零れた。「構わん     

     それならもう慣れた。」

 バッシュはただ一人、迷いない足取りでまっすぐその部屋を出て行った。





「アマリアか     
 慌ててバッシュの後を追いかけてダウンタウンの通りに出たところで、ヴァンは呟いた。
「・・・あいつも解放軍だったんだな。」
 前を行くバッシュが振り返った。
「会ったんだな?」
 その声には僅かに緊張の色があった。
「ナルビナ送りの前、少しだけ。きっつい感じでさ。」
 そう言ってヴァンが茶化したように少し笑うと、バッシュの目に微かに安堵の色が浮かんだように見えた。
 再び前を向いて、彼は言った。
「君は私の道に幾度となく絡む。奇縁だな。」
「・・・迷惑だよ。」
 ヴァンは苦笑いした。なんだか、こそばゆかった。
「すまんな。」
 そう言ったバッシュが、足を止めた。「迷惑ついでだ。最後に頼みたい。」
 バッシュは語気を速めた。
「バルフレアに会わせてくれ。今いるのは足だ。」
 鋭い声だった。ナルビナで会ってから、彼が初めて感じさせた「焦り」だった。
 ヴァンは彼の視線から目を逸らしながら、曖昧に頷いた。
「・・・これで貸し借り無しだからな。」
「借り?」
「ナルビナ。」
 ヴァンは素っ気なくそっぽを向いて歩き出した。
「・・・あんたがいなきゃ、無理だった。」

 
「そうだ     
 ヴァンは振り返った。
「ちょっとこっちへ来いよ。」
 そう言って、ヴァンは北へ向かう路地へと歩きだした。



「父ちゃんに内緒で?」
 そのシークの少年は腰掛けたテーブルの上で首を傾げた。
「うん。ディグを見込んで頼むんだ。・・・この部屋で、このオッサンを寝泊まりさせてやって欲しいんだよ。誰にも内緒でさ。・・・フィロ達にも、頼む!」
 ヴァンは神妙な顔をした子供達の前で頼み込んだ。ダウンタウンの北東の外れにある小さな空き屋。そこはフィロ達「空賊目指そう団」の秘密のアジトなのだ。向かいの雑貨屋がこの部屋の大家だから、その息子のディグがこのアジトの「オーナー」だった。
 忽然と消えた「薄汚れたひげ面の男」を巡って熱い議論を(主にフィロが)戦わせていたチビ空賊達は、キョトンとした顔で、額に大きな傷のある見知らぬ男を見つめている。
「な、頼むよ、ディグ。」
 ヴァンの頼みに、ディグと呼ばれたシークの子供は戸惑ったようにバッシュの顔を見上げた。
「いいけど・・・この人誰?」
「このオッサン、文無しでさ。ムスル・バザーで無銭飲食して帝国兵に追い回されてたんだよ。」
「っ・・・・・。」
 ヴァンの後ろで、バッシュが喉が詰まったような咳払いをした。
「へえ~。」
「おじさん、ダメじゃん。」
「そうだよ。お店の人が迷惑するだろ。」
「どうせならヴァンみたいに帝国兵の懐を狙いなさいよ。」「・・・それもどうかと思うけどな。」
 寄ってたかって子供達にダメ出しされるバッシュを見て、
「あ、いや・・・どっかで財布を落としただけらしいんだけどな。」
 ヴァンは慌てて付け加えてはみたが、あんまりフォローにはなってない。
「すっかり泥棒扱いされて表を歩けないって言うから、ほとぼりが冷めるまで俺がねぐらを世話してやろうと思ってさ。」「・・・・・・。」
 バッシュはしきりに部屋の中を眺めるフリをしている。この分だと、むしろヴァンのせいで表を歩けなくなりそうだ。
「ふぅん・・・」
「おじさん、ヴァン兄ちゃんの子分か。」「そういうこと。」「・・・・・。」
「じゃあいいよ。任しといて。」
 ディグが得意げに大きな鼻を膨らませた。
「ヴァン兄ちゃんの頼みなら断れないね。」
「他には絶対もらすなよ。俺達だけの秘密だ。・・・いいな?」
「うん!」
「わかった!」
「じゃあね!」



 子供達が出て行くと、ヴァンは扉を硬く閉めた。
 それまでの賑やかさが嘘のように、静けさがその部屋に満ちた。
 ヴァンはバッシュの方を振り返った。
「しばらくここで休めよ。・・・ろくに寝てないんだろ?」
「すまない。」
「別にいいよ。・・・あんたにうろつかれて騒ぎにでもなったら、結局、締め付けくらって迷惑するのは俺達なんだ。」
 突き放したヴァンの言葉に、バッシュはただ目を伏せた。
 むしろ見返してくれればいいのに、とヴァンは思った。

 バッシュはふうっと大きく息を吐いて、薄汚れた床の上に腰を降ろした。だが、とても休む思いにはなれないのだろう。布で巻かれた剣を手にしたまま、静かだが張り詰めた気配に変わりはしなかった。
 彼の手の中の剣を見て、ヴァンは言った。
「なあ、ダラン爺の伝言の・・・剣が語るもの、ってどういう意味だ?」
 ヴァンの問いに、バッシュは無言でダルマスカ剣を取りだした。薄暗い室内の淡い光にも宝玉と銀が鮮やかに輝く。バッシュの手がその剣を鞘から抜くと、冴えた白刃が冷たく燃えるように煌めいた。
 その刃の束に近い所に、美しい飾り文字が彫られていた。

”NUMQUAM OBLISCIMINI FIDES,NUMQUAM OBLISCIMINI MISERIAM”

「・・・なんて書いてあるんだ?」
「”ダルマスカは恩義を忘れず、屈辱も忘れず”。」
 バッシュは言った。
「この言葉の下、我々はナブラディアと共に起ち、戦った。」
 バッシュの言葉に、ヴァンは頷いた。
 騎士団だけじゃない。皆がその言葉を胸に必死で帝国と戦ったんだ、あの時     .
「・・・もう一つある。」
 バッシュがその刃を返すと、対の面にも短い別の言葉が刻まれていた。

” FIDES PRAEVALET ARMIS”

「”信頼は武器に勝る”     .
 バッシュは、その一語一語を自らに刻みつけるように言った。
「信頼・・・か。」
 ヴァンは呟いた。
「・・・そうかも、な。」
 だから帝国は、兄さんに”バッシュ”の姿を見せたのかもしれない。
 どんな武器より強いものを、壊すために。

 バッシュが王様を殺した。
 そう聞かされて、ダルマスカは崩れた。
 そしてダルマスカ人同士、解放軍同士が、互いを疑って、罵って     .

「・・・今のダルマスカ、ばらばらだし。」
 そう呟く自分の声が、ヴァンにはひどく苦かった。
「こんなんで、帝国を追い出すなんて、出来っこないよな・・・。」
 バッシュは何も言わなかった。
 二人は無言で、バッシュの手の中のダルマスカ剣を見つめた。

 バラバラに砕かれた信頼。
 植え付けられた疑惑。
 それでも、アズラス将軍はこの剣をバッシュに渡した。
 2年前と変わらぬ、ダルマスカの騎士に。
 
 ほんの小さな灯りだけど、剣の語る信頼の火は、再び灯ったのだ。

 何かが、変わるだろうか。
 変われるだろうか、ダルマスカは。


「じゃあ、バルフレア達と繋ぎをつけたらすぐ呼びに来る。何か食べるものも持ってくるよ。」
 ヴァンはそう言って、バッシュを残してその空き屋を出た。


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