Chap.5-9 Tag the Tagger! -追って追われて- [Chapter5 空中都市]
ヴァンは逃げるラモンの小さな背中に向かって叫んだ。だが、ラモンは振り向きもせずに真っ直ぐに元来た方角に走っていく。小柄な体でヴァンにも負けない逃げっぷりだ。
「待てって言ってるだろ!」
追いかけるヴァンの耳の横を、ヒュン!と風を切ってギジューの撃った銃弾が飛んで坑道の岩壁に跳ね返った。
「畜生!・・・」
ヴァンは立ち止まって短剣を片手に身構えた。だが、すぐ後ろに追いついてきたバルフレアがグズグズするなとヴァンの肩をドンと押した。
「いちいち相手してられるかって。適当にあしらってずらかるぞ。」
飄々としたバルフレアの声に無言で応じて、フランもバッシュも止まることなくヴァンを追い越してラモンの後を追う。
(なんだよ・・・)
せっかく連中を前にしたのに逃げるだけなんて悔しいじゃないか。パンネロに酷いことしたんだ、泣いて詫び入れるまでボコボコにしてやらなきゃ、こっちの気が .
・・・と思ったヴァンだったが、
「 いっ?!」
思わず冷や汗を噴いて飛び上がった。
「待てぇッ!!バラバラにしてやる!!」
バッガモナンの怒声もかいてんのこぎりの轟音も、もう目の前に迫っていた。唸りを上げて回る機械仕掛けの刃は、飛び交うスティールも、転がったトロッコも、坑道の土留めの丸太すらお構いなしに、手当たり次第に切り刻みながらこちらへ迫ってくる。
「おら小僧ッ!!まずはお前からコマ切れだぁッ!!」
吠えるバッガモナンの真っ赤な大口が地獄の入り口みたいに近づいてくる。
「ちょ・・・あれは無し!あれはヤバ過ぎって!!」
ヴァンは尻尾を巻いて転がるように駆けだした。
「逃げンじゃねえ!バルフレア!!」
バッガモナンは垂れた耳を角みたいに逆立てて怒鳴った。緑の鱗が真っ赤にならんばかりの勢いだ。
「畜生・・・あいつら全員ぶっ殺してやる!!」
「兄貴ィ、最初のジャッジは、あの男は『逃がせ』って言ってきたんでしょ?殺っちゃっていいんで?」
息巻く親分の傍らを銃を担いで走りながら、ギジューがハアハア息を吐きながら言った。
「バルフレアのことも『ギルは幾らあっても困らないぞ』っていやに念を押してたし・・・」
「ケッ!知ったことか!急にこっちの話に割り込ンでアレコレ指図しようって根性が気にいらねぇンだよ!」
「・・・飛空艇と礼金はしっかりもらったくせに。」
ボソッとつぶやくブワジの傍らで、白いたてがみをなびかせて走るリノが大きな口でニヤリと笑う。
「でも、そのことを公安9局にチクって二重に礼金をせしめるなんて、美味いこと考えたねぇ。・・・ジャッジ連中も縄張り争いかね?フフ・・・」
「でもその9局だって おっと!」
トロッコレールに足を取られそうになりながら、ギジューが言い返す。
「結局は『最初に言われたとおりにしろ』って言ってきたンですぜ?指図を破ったら残りの礼金をもらえなくなっちまう!」
「ンなことはどうでもいいンだよ!」
バッガモナンはギジューの頭が吹っ飛びそうな大声で怒鳴った。
「要は全員半殺しにすりゃいいってことだろ!それで勝手に死んじまったら仕方ねぇじゃねぇか。あン?」
「わ、分かったよ!」
ギジューは灰色の顔を青くして短い首を引っ込めた。
「こうなりゃ賞金よりバルフレアの首だ!邪魔する奴は片っ端から切り刻んで挽肉にしてくれるぜ!」
バッガモナンはかいてんのこぎりをブンブン振り回した。
「そんなこと言ったって、このまま全員に逃げられたら賞金も礼金もパーなんじゃ・・・」
「うるせぇッ!!」
「後ろを気にしている暇は無いわよ!」
走りながら何度も後ろを振り返るヴァンに、フランの射るような声が飛んできた。
「分かってるよ!」
慌てて足を速めたヴァンが、フランを追い越そうとして前につんのめった。「げっ・・・」
「またこいつらかよ・・・」
4人の目の前には、スーニア平行橋の亡者達が再び立ち塞がっていた。トロッコレールのバラストの隙間から染み出すように、次々に骸骨兵士が起き上がってくる。
「この野郎、まだ骨くずにされたいのか!」
「ヴァン、止まるな!」
アサシンダガーを構えるヴァンに、バッシュの有無を言わせぬ声が飛んだ。
「走るんだ!」
バッシュの剣が骸骨をなぎ払う。その後に続いてバルフレアとフランも骸骨の群れを強引に振り払って前へと進む。
「でもさっ!」
(逃げてばかりじゃ悔しいじゃないか!)
構えた短剣を降ろす踏ん切りがつかないヴァンの背に、
「オラ、待てーッ!!」
賞金稼ぎ達の怒声が近づく。振り返ると、バッガモナンのかいてんのこぎりがゾンビの群れを砂糖菓子でも砕くように切刻みながらどんどんこちらへ近づいてくる。「ヴァン!」
バルフレアが忌々しげに怒鳴った。
「お前、いい加減に突っ走っていい時と悪い時を覚えたらどうだ?」
重い銃床が骸骨を跳ね飛ばすと、ヴァンの前に道が開けた。その向こうに豆粒のように小さくなっていくラモンの背中が見える。
呼んでも答えぬからと言っても、追わねば今の彼は一人だ。そしてきっとその先で、パンネロがひとりぼっちで .
「くそっ・・・」
ヴァンは歯噛みをしながら再び走り出した。追いすがる骸骨を振り切って、トロッコレールに足を取られそうになりながら先を行くバルフレアに追いつくと、八つ当たり気味に怒鳴った。
「バッガモナンの奴、どこであんなとんでもない獲物を見つけて来るんだよ?!」
「どうせロクでもない連中が出入りする所だろうよ!」
バルフレアは逃げることにも慣れた調子で息も乱さず飄々と答える。
「・・・チェーンソーじゃなくてラッキーだったと思うんだな。」「はぁ?」
「畜生!逃げ足の速い連中だな!」
大きな拳を振り回しながらブワジがわめいた。ゼエゼエ息を吐くたび、灰色の肩が大きく揺れる。
「追いついちまえば、奴らは俺達には手も足も出ねぇンだよ!オラ、とっとと走れ!!」
「で、でも・・・どんどん放されてますぜ、兄貴ィ・・・」
歯の間からダラリと舌を出して大きな息をしながらギジューが坑道のカーブを曲がった時、
「・・・うわっ?!」
ギジューは目の前に突然現れた大岩にしこたまぶつかった。続けて3人のバンガもギジューにもつれて卵みたいにぶつかった。
「痛てッ!!」
「な、なんだよ?!」
「急に止まる奴があるか!!」
長い鼻面をさすりながら、ブワジが目の前のゴツゴツした大岩を見上げた。
「なンだ?坑道の真ん中に、こんなデカイ岩なンかあったか?」
まるで西ダルマスカ砂漠から切り取ってきたような砂色の岩の固まりは、高い坑道の天井に触れんばかりの大きさだ。
「・・・・」
「兄貴ィ・・・」
ギジューの声がうわずった。
「もしかして・・・こいつ・・・」
リノがゴクリと唾を飲んだ。
「・・・動いてるぜ!」
ブワジが叫んだ途端、その小山のような大岩がズシン、ズシン・・・と地響きをたてて動き出した。デコボコした砂色の岩には、よく見ると6角形の模様があって、下からは大樹のように短くて太い足が4本出ている。
「こいつは!・・・」
バッガモナンの口があんぐりと開いた。
「 亀だッ!!」
「ギャーッ!」
「ろ、ロックタイタスだ!!」
「化け物だッ!逃げろッ!!」
「こ、こらてめぇら、どこへ行く?!逃げるンじゃねえッ!!」
ネズミのように跳んで逃げる4人のバンガの後ろを、まるで岩山でも動くように巨大なタイタスはノッシノッシとゆっくり追っていった。
前から吹いてくる風に緑の香りが強く混じる。階段を駆け上がると坑道入り口からオレンジ色の夕陽が眩しく差し込んでくる。走りに走ってきた4人はここでやっと足を止めた。
「追ってくる気配はないわ。振り切ったようね。」
フランが長い耳をかしげて言った。
「バンガの足に追いつかれるようじゃ、空賊廃業さ。」
背伸びをしながらバルフレアが笑った。
そして息つく間もなく、ヴァンはは外への階段を駆け上がった。
ラモンは一人で先に出たらしい。それよりも、坑道の中にほったらかされたパンネロは無事に外に出られたんだろうか
「あっ!」
外の広場へ駆け出しかけて、四人は慌てて柱の影に身を隠した。
ヴァンはそっと柱の影から顔を出して、坑道前の広場を見遣った。
夕焼けの朱い光に照らされた広場の真ん中に、帝国兵とジャッジ達がずらりと整列している。そしてその真ん中に、坑道の中で見かけた金朱の鎧のジャッジマスターとオンドール侯爵の一行がいるのだ。
そしてあろうことか、彼らに向かって一人悠々と歩いていくのはラモンだ。
(ラモンの奴、何やってんだよ!?)
ヴァンは声を上げたいのを我慢して、広場の声に聞き耳を立てた。
ジャッジマスターのカサカサした硬い声が風に乗って聞こえてくる。
「また、供の者もつけずに出歩かれたようですな、ラーサー様。」
(ラーサー・・・?)
ヴァン達は顔を見合わせた。そして広場の一行に歩み寄るラモンに再び目を遣って、ヴァンは思わず身を乗り出した。
(パンネロ!)
ジャッジマスター達の傍らにパンネロの姿があるではないか。西日の陰ではあっても、黄色い服と革のブーツ、金髪に肩の長さのおさげ髪・・・間違いなくパンネロだ。
(無事だったんだ・・・)
力が抜けるほどホッとしたヴァンだったが、再び背筋が冷たくなった。パンネロは仰々しい貴族達と厳めしいジャッジ達にまるで罪人のように囲まれている。心細げに周りを見回すパンネロがこちらへ目を向けた。
思わず飛び出したくなる気持ちを堪えて見つめるヴァンの瞳と、パンネロの瞳が
パンネロは一瞬何かに驚いたように胸に手を遣ったが、そのまま顔を背けると、自分の方へ歩いてくる身なりの良い少年へと目を向けた。
見慣れぬ少女の姿を見たラモンが、怪訝な顔をジャッジマスターに向けた。ジャッジマスターはオンドール侯爵にも向けない慇懃な態度で恭しく答えた。
「一人で魔石鉱から出て参りまして、よからぬ連中の仲間ではないかと。」
「あたしはさらわれて
「控えろ!」
鞭打つようなジャッジマスターの声に、パンネロはビクッと震えて反駁する声を飲んだ。
それを見たラモンは、口元に大人びた笑みを浮かべながら、落ち着き払った声でジャッジマスターに言った。
「・・・一人で出てくるのが疑わしいなら、私も同罪でしょうか?」
「ッ!」
返答に詰まったジャッジマスターを意に介さぬ様子で、ラモンはオンドール侯爵へ目を移した。「ハルム卿
「屋敷の客が一人増えても構わないでしょうか。」
「ははぁ。」
ビュエルバの領主は、少年のその質問が君主の命令であるかのように、神妙に答えた。
ラモンはその返事に鷹揚とも言える態度で頷くと、金朱の鎧のジャッジマスターに向かって言った。
「ジャッジ・ギース、あなたの忠告に従い、これからは供を連れていくことにしましょう。」
そう言うなり、ラモンはパンネロの手を取って駆けだした。パンネロは戸惑いつつも手を引かれるままに少年と一緒に街の方へ走りだした。
その少年の背中を見ながらジャッジマスター・ギースが侯爵に向かってつぶやいた。
「困ったものですな。」
駆けだした二人の後を、慌てて帝国兵の黒い甲冑が追いかけてくる。
それを悪戯っぽい目で振り返ったラモンが、彼らが追いつけるようにすぐに走るのをやめて歩き出した。
天空の都市を包む空には瞬く間に夕闇が降りて、オレンジと薄紫の空にはチラチラと星が瞬き始めている。
涼しい夕暮れの風に包まれて歩きながら、ラーサーと呼ばれた少年は物怖じしない笑顔でパンネロに言った。
「よろしく、パンネロ。」
「あ・・・はい・・・。」
パンネロは、どうして会ったばかりの少年が自分の名前を知っているのか不思議に思いながら、おずおずと頷いた。そして歩きながら何度も魔石鉱の方を振り返った。
坑道入り口に並び立つ、柱の陰を見遣りながら
「なんでパンネロが
広場の一行が姿を消すと、ヴァンはプリプリ膨れっ面をしながら柱の陰から飛び出した。
せっかくバッガモナン達から自由になれたのに、よりによってジャッジマスター達と一緒に行っちまうなんて .
「何考えてるんだよ、ラモン。」
「ラモンじゃない。」
遮ったバルフレアの声の鋭さに、ヴァンは思わず息を飲んだ。
採掘場でのラモンとバルフレアの激しいやりとりが目の前に蘇った。
鋭い目を向ける三人に、バルフレアはいつになく重苦しい口調で言った。
「ラーサー・ファリナス・ソリドール。皇帝の四男坊。ヴェインの弟だ
「なっ?!あいつ・・・」
ヴァンは驚きの余り声にもならずに、無人になった広場とバルフレアを交互に見遣った。
ラモンが・・・ラーサー?
アルケイディア帝国の・・・皇帝の息子?
ヴェインの・・・弟?!
ヴァンの頭の中でラモンの顔がグルグルと回った。物怖じしない明るい笑顔、勇ましく剣を構えた厳しい顔、魔石鉱で好奇心に目を輝かせていた少年の顔
(あいつが・・・ヴェインの弟・・・)
声が出ない雄鶏みたいにただ口をパクパクさせるヴァンに、
「大丈夫。」
フランが穏やかな声で言った。
「彼、女の子は大切にする。」
「フラン・・・」
戸惑うヴァンに、
「フランは男を見る目はあるぜ。」
バルフレアがいつもの口調でヴァンにウインクしてみせた。
その人をくったような笑みを見ると、ヴァンはなんだか訳もなく安心して頬が緩んだ。
「ちぇっ!よく言うよ!」
ヴァンがいつもの調子で口を尖らせたのを見て、バルフレアはすっかり暗くなった夜空を見上げて大きく背伸びをした。
「よし!今日はさっさと宿をとってシャワーでも浴びるぞ!」
「え?!早くパンネロを追いかけなきゃ・・・」
「あいつが言ってたろ?『屋敷の客が一人増える』って。」
バルフレアは、もうヴァンの相手をするのも面倒そうに肩をそびやかして、さっさと街に向かって歩き出した。
「連中もお嬢ちゃんも逃げやしない。後は明日だ、明日!」
歩を早めてバルフレアと並んだバッシュが、低い声で言った。
「オンドールの屋敷だな。
バルフレアも密やかに頷くと、バッシュと、フランの鋭い耳にしか聞こえない声で答えた。
「侯爵は反帝国組織に金を流してる。
バルフレアはそう答えると、まだ後ろでグズグズしているヴァンに向かって怒鳴った。
「おら、さっさと行くぞ!こっちは汚れた服をさっさと着替えたいんだ!」
「こんな時に服なんてどうでもいいじゃないかよ。」
「そんな調子じゃ女の子に嫌われるぜ。」
「わーかったよ!」
そう言って大人達の背中を恨めしそうに見ながら、ヴァンも渋々後を追って歩き出した。
急に冷たくなった夜の風が、ヴァンの脇を吹き抜けていく。
剥き出しの肩をさすりながら空を見上げると、空中都市の紺青の星空の下で、侯爵邸の巨大な魔石の翼が幻の光のようにゆらゆらと輝いていた。
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