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Chap.5-10 Black of Night -闇夜-   [Chapter5 空中都市]

 とろりとした闇の中で、蝋燭の炎が三つ、金の蛍のように瞬いている。夜の隙間風が内緒話でもするように歪んだ窓枠をカタカタと鳴らすたび、橙色の炎がゆらゆらと揺れる。
 揺れる火影に合わせるように、煤けた天井に映るヴァンの黒い影も、幽霊みたいに歪んで踊った。「・・・まばゆき光彩を・・・刃となして・・・」
 粗末な燭台が乗ったテーブルには魔法書やアイテムが取り散らかされている。粗末な木の椅子に腰掛けたヴァンは、足で床を突っ張って椅子をブラブラと揺らしながら、暗い天井に向かってポツリポツリとつぶやいた。
「・・・刃となして・・・刃となして・・・えーっと・・・」
 ヴァンは天井に薄ぼんやりと見える埃だらけの梁を眺めながら、はなはだ頼りない記憶を辿って詠唱呪文を唱える。
「刃となして・・・地を引き裂かん!サン・・・」
 そこまで言って、思い直したようにテーブルの上の魔法書に向き直った。
「サンダー!なんてここで唱えたら、それこそ宿屋の人に雷を落とされるよな。」
 ヴァンは舌打ち混じりの溜息をついた。
「やっぱり宿屋の中で黒魔法を練習するのは無理か。」
 ならばと、ヴァンはテーブルの上の魔法書を片っ端から広げて、蝋燭の灯りにすかして目を通した。
「部屋の中で発動しても大丈夫な魔法は、と・・・」
 ラバナスタを出発する前にに買い込んだアイテムはほとんどシュトラールに置いてきてしまったので、この宿を取る前にトラヴィカ大通りで他の魔法やアイテムを少し買い足してきたのだが、
「あ~、これっぽっちの蝋燭じゃ暗くて読めねえよ!」
 ヴァンは目の前でジジジ・・・と燻る蝋燭を忌々しく睨み付けた。

 バルフレアが決めたこの「バスケスの宿屋」は、採掘作業員居住区の長塀に同化するようにひっそりと看板を出している作業員用の安宿だった。看板の「政府非認定」の文字がかなりの胡散臭さを発しているうえに、扉を開けた途端に大柄な緑のバンガがぬっと顔を出した時には、ヴァンは思わず短剣を構えそうになった。
 だが、迎えた主人のバスケスはさっぱりした感じのいいバンガで、彼が腕を奮う晩飯もなかなか美味かった。フランも一緒の4人部屋は狭苦しくて殺風景だったが、皺一つ無い真っ白なシーツからは微かに気持ちの良い風と日差しの香りがする。バルフレアが宿を取ると言い出した時は散々ゴネたヴァンだったが、実際のところ、美味い晩飯とちゃんとしたベッドなんて、もう何ヶ月も忘れていた贅沢だった。
 とはいえ、採掘作業員用の安宿だけに部屋に太陽石のランプなんて高尚なものは付いていない。安っぽい燭台に煤の多い蝋燭が数本備え付けてあるだけで、これでは「夜になったらすぐに寝ろ」と言わんばかりだ。もっとも、大抵の労働者は仕事で疲れるか酒場で飲んだくれるかして、部屋に帰ればさっさと寝てしまうのだろう。

 薄い壁の向こうから、食堂で遅くまで飲んでいる客達の賑やかな声が聞こえてくる。扉のすぐ向こうではたわんだ廊下をパタパタと歩き回る音も漏れてくる。その微かな音を聞くと、ガランとしたこの部屋の静けさが一層強く感じられる気がする。
 ヴァンは燭台越しにテーブルの向こうのベッドを見遣った。狭くて硬そうだがシーツだけはパリッと整えられた空っぽのベッドが、4つ並んでいる。
(ったく、どこに行ったんだよ。自分で宿取ったくせに・・・。)
 ヴァンは頬を膨らませて口を尖らせた。
 夕食後、ヴァンがシャワーを済ませてバッシュと入れ替わりに部屋に戻った時、先に済ませて戻っているはずのバルフレアとフランの姿は無く、部屋はもぬけの殻だった。
(まさか勝手に帰ったわけじゃないよな・・・)
 膨れっ面で考えるヴァンだが、さすがにそうは思えなかった。いくらパンネロがバッガモナンの手を離れたといっても、まだ彼女を助け出したわけじゃない。何より、やると約束した魔石をほったらかして二人がトンズラするはずがなかった。
 ヴァンは、思い出したようにポケットの中から女神の魔石を取り出した。
 手の中の赫い魔石は、蝋燭の灯りにも負けないほど強く輝いている。
 レックスの姿は・・・現れない。
 ヴァンはしばし、その魔石をじっと見ていたが、
「・・・あ、ちょうどいいや。」
 ヴァンはそう言って、女神の魔石を目の前の魔法書にかざしてみた。蝋燭の灯りに魔石の光が加わって、魔法書が朱く照らし出される。やっぱりだ。これなら充分文字が読める。ヴァンはテーブルの上に放り出された薬草の束を片眼で確認しながら頷いた。
「この呪文なら、ここで自分にかけても大丈夫そうだな・・・」
 ヴァンはフウッと息を吐くと、魔法書と睨めっこしながら下っ腹に力を入れた。魔石を握る手にも力が入る。
「言葉繰りの者共、静寂に真実を求め、暫し言葉忘れよ・・・」

     サイレス!」

 隙間風が鳴らす風音がピタリと止んだ。
 しんと静まりかえった室内に、灯心が燻る微かな音だけが聞こえる。
 窓の外から虫の声が小さく聞こえてくる。
「へ、へへっ・・・」
 ヴァンは何かの悪巧みが成功でもしたかのように、ニンマリと笑った。
「よし!これでバルフレアのサイレント弾が無くったって平気だぜ!」
 思わずガッツポーズをしたヴァンは、わざとらしく気取った顔で蝋燭に向かって言ってみた。
「『オ・レ・が、コイツらを黙らせる。あんたはコソドロ役でもやりな!・・・ミスるなよ?』・・・なーんてさ!『何なら俺がおたらからもいただこうか?あんたは後ろに引っ込んで服の汚れでも気にしてな!』・・・なーんて言ってやる!ハッハッハ!唖然とする顔が目に浮かぶぜ!」
 と、散々勝ち誇ったヴァンは、「じゃあ、やまびこ草で・・・」とテーブルの上の薬草の葉を噛もうと手を延ばしたところで、ヴァンはやっと気が付いた。「・・・あれ?」

「俺、サイレスなんてかかってないじゃないか!」



「ちぇっ・・・失敗かぁ。」
 ヴァンは気が抜けたみたいに女神の魔石をテーブルの上に放り出すと、椅子の上にぐったりへたり込んだ。
「・・・ちゃんと言えたと思ったんだけどなぁ。」
 ヴァンは胸が空っぽになるほど大きな溜息をついた。
(魔法なら、あいつより上手くなれるかも、って思ったのにな。)
 テーブルの上の魔石を手にとって、ヴァンは赤い光に目を落とした。石は相変わらず少し暖かくて、不思議な赫い光を放っている。
「俺って魔法は性に合わないのかな。」
 ヴァンは石に向かってつぶやいた。
『そんなことないよ。ヴァンならきっと出来るよ。』
 レックス兄さんなら、そう言って励ましてくれるのに。ヴァン拗ねたような目で赤い魔石を見つめた。
 だが今夜の魔石は、物言わぬ幻さえ見せてくれなかった。
(パンネロの奴、今頃どうしてるかな・・・)
 ヴァンは石を手にしたまま立ち上がって日除けを降ろさない窓辺に寄ると、窓の下のスツールの上にひょいと腰をかけた。
 部屋の中が暗いので、星に照らされた窓の外がよく見える。作業員居住区の白い塀と黒々とした木々の向こうに侯爵邸の魔石の翼が星空を透かして淡い光を放っている。その光を薄衣のようにまとった侯爵邸の尖塔の先に灯りが点って、星のように輝いていた。あそこにパンネロとラモン・・・いや、ラーサー・ソリドールがいるんだろうか。それとも、侯爵邸に我が物顔で泊まり込んでいる帝国兵が囚人を監視でもするように見下ろしているんだろうか。
 ヴァンの胸がジリジリと疼いた。
 あの屋敷で帝国の人間に囲まれて、パンネロは酷い目にあっていないだろうか。ギースと呼ばれていたジャッジマスターは、パンネロのことを不審人物扱いしていた。よりによってパンネロを疑うなんて見当違いもいいところだ。そもそもバッガモナンみたいな乱暴者を顎で使ってたのはジャッジじゃないか。
(ラモン・・・じゃなくてラーサーがうまくやってくれるといいんだけどな・・・)
 ヴァンは手を繋いで走っていくラーサーとパンネロの後ろ姿を思い出した。戸惑うパンネロの手を引いた、小さいけれど颯爽とした背中。あいつは本当に『女の子は大切にする』奴なんだろうか。そうであって欲しいけど・・・
 ヴァンは惨めな思いで溜息をついた。
 たった12歳の少年に、それもよりによってヴェインの弟に、パンネロのことを頼る自分って何なのだろう。
(そもそも、バッガモナンに呼び出されたのは俺じゃないんだよな     

 呼び出しを受けたのはバルフレア。
 パンネロの大事な人だと思われたのはバルフレア。
 駆け寄るパンネロを止めて助けたのはバルフレア。
 この空中都市まで来る飛空艇を持っていたのもバルフレア。

 俺はただ、付いて来ただけ     

 ヴァンは魔石鉱前の広場で遠くに見たパンネロの顔を思い浮かべた。ジャッジに囲まれて、寄る辺なく心細げに立っていた彼女の目が、ゆっくりと魔石鉱の入り口の方に向いて     

 その時、扉が開いてバッシュが戻ってきた。
 窓辺に腰掛けて頬杖をついているヴァンの顔を見て、バッシュは訝しげに声をかけた。
「何かあったのか?」
 ヴァンはぼんやりと外を眺めたまま上の空で答えた。

「パンネロの奴、俺じゃない方を見てた・・・」

「?」
「あ、いや・・・」
 怪訝な顔をするバッシュに気付くと、ヴァンは誤魔化すように慌てて言った。
「バルフレア達は?」
「シュトラールの様子を見に行ったようだ。ノノが独りで居残って整備しているからな。」
「そっか。じゃあ俺も    
 とヴァンは言いかけたが、
(・・・行ったところで、どうせ何の役にも立たないか。)
 と、また溜息をついた。
「ちぇっ!」
 溜息ばかりの自分に苛ついて、ヴァンは手にした魔石を忌々しげにポンと手の中で放りあげた。
 すると、
「ヴァン、その石は確か砂海亭で    
 バッシュの驚いた声に、ヴァンの方も驚いて目を丸くした。
「あ?うん・・・」
 バッシュは怖いくらいに厳しい顔をして石を見ている。そう言えば彼がこの石をしっかり目にするのは初めてだ。砂海亭ではちらっと出して見せただけだったし、その後はバッシュに見せるのは躊躇われて、ずっとポケットに入れていたのだ。
「これは・・・その・・・」
 ヴァンは言葉に詰まった。バッシュの厳しい視線に射すくめられるようで、レックスの幻が現れないことにも気が回らなかった。いくら今は裏切者のレッテルを貼られていてもバッシュはダルマスカの将軍だ。こんな糞真面目な人に向かって『王宮から盗んだ』なんて言ったら・・・
    王宮の宝物庫から盗み出したんだよ。すげえだろ。」
 ヴァンは思わず胸を張って、とびきりふてぶてしく答えていた。
「バルフレア達を出し抜いて、俺が、手に入れたんだ。あいつら悔しがってボヤきっぱなしさ。」
 ヴァンは出来るだけ不敵に見えそうに笑いながら、"俺が"という言葉に力を入れた。だが、
「・・・まあ、パンネロを助けたらあいつらに渡す約束だけどさ。」
 そこで虚しい優越感は儚くしぼんでしまった。結局はショボくれたオチになって凹む思いのヴァンに、バッシュはなおも硬い声で尋ねた。
「彼はそんなにその石を欲しがっているのか?」
「うん。・・・そりゃダルマスカ王宮にあったおたからだし、イヴァリースの空賊なら欲しがるに決まってる。」
 ヴァンはそう言って笑ったが、バッシュは相変わらず鋭い表情を崩さない。ヴァンは居心地が悪くてもぞもぞしながら口を尖らせた。
「何だよ、アマリアみたいにおっかない顔してさ。俺が見つけた物は俺がどうしようと勝手だろ?・・・どうせ、ダルマスカ王家は無くなっちまったんだから。」
 ヴァンは突っかかるように顎を上げた。
「文句、あるのかよ?」
「いや。」
 バッシュはそう言って、どこか取って付けたように窓の外に向き直った。
「・・・今は君が大事に持っていてくれ。」



 ヴァンは傍らで侯爵邸の灯りを見上げるバッシュの横顔を見上げた。
 星明かりに白く照らされた堅く結んだ唇と、澄んだ鋭い瞳。嘘と疑念と諦めに沈んだような今のダルマスカで、こんなに力強く揺るぎない意思を感じさせる大人を、ヴァンは知らない。
 でも、さっきの彼は、自分から目をそらした。
 たくさんの”真実”を話してくれても、それでもこの人は色んな事を隠している      。。

 ヴァンはイラつく思いを飲み込んだまま、バッシュの視線を追って侯爵邸を見上げた。
「・・・結局、俺達と目的地は同じになったんだな。」
 ヴァンは湿っぽい自分の気分を追い払うように、務めて明るい声で言った。
「でもさ、アマリアを助けるのに侯爵に掛け合って何とかなるのか?昼間の調子じゃ、オンドール侯爵って当てになりそうもないぜ。帝国に全然頭が上がらないって感じだったじゃないか。」
 バッシュはヴァンの言葉を否定も肯定もしなかった。
「嘘付きって締め上げて協力を取り付けたところで、アマリアがどこにいるのかも分からないのにどうやって・・・」
 ヴァンはアマリアを見つけるだけでも大変なことだと気付いて今更ながら困惑したが、そもそも侯爵を「締め上げる」所まで辿り着くのにどうすればいいかすら考えてもいなかった。ましてやその先にある解放軍と帝国軍の闘争や国家間の政治的駆引きのことなど頭の隅にもなかった。ヴァンにとっては、共に行動したアマリアという現実に存在する少女の救出こそが解放軍が今目指すべき当然の目的であり、それ以外の問題はまるで別の話だった。捕虜になった解放軍兵士は、これまでにも数え切れないほどいることも、彼らが今どうなっているのかも、ヴァンには関係のないことだった。
「だいたい、解放軍の連中も薄情なんだよ!」
 ヴァンは八つ当たり気味に言った。
「そりゃ、アマリアは生意気でわがままで、いけ好かない奴だけどさ!あんた一人に任せなくてもみんなで助けりゃいいじゃないかよ!・・・早くしないと、あいつだってどんな目に遭わされてるか・・・」
 ヴァンが地下水路で怒鳴り合った少女のことをそう言うと、なぜかバッシュが戸惑うような表情でこちらを見た。だが、何も言わずにまた外を向いてしまった。
「心配することはない。」
 そのバッシュの言葉は、聞く者がほっとするような力強さを取り戻していた。僅かに見せた戸惑いの理由は素早く隠れてどこにもなかった。
「他の者も彼女を救出するために動いているはずだ。ウォースラは私と共に動くことを拒んだだけで、彼女の救出を拒んだわけではない。」
「・・・なら、いいけどさ。」
 ヴァンは、いいはずは無いと思いながらも、そのまま黙り込んだ。
 バッシュもそれきり再び黙り込んだ。
 隙間風が目の前の窓枠をカタカタ鳴らした。少し、空気が冷えてきた。
「・・・アマリアを救出したらさ。」
 ヴァンは星空を見上げてつぶやいた。
「その後はどうするんだ?」
 ヴァンはバッシュに目を遣った。
「ラバナスタ解放軍と合流して一緒に戦うのか?他の解放軍やウォースラって人とは・・・」
 ヴァンは口をつぐんだ。バッシュは何も答えない。答える気がないのだ。
 抑えようのない苛立ちを感じて、ヴァンは思わず言った。
「『お前には関係ないことだ。関わるな。』ってか?」
「ヴァン?」
 やっと困惑した表情でこちらを見たバッシュに、僅かに虚しい満足感を感じながらヴァンは言った。
「これ、あんたの弟のセリフだぜ。     じゃあ俺は寝る!おやすみ!」

 最低の夜だった。
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