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Chap.5-2 The Skycity of Bhujerba -空中都市ビュエルバ- [Chapter5 空中都市]

「ビュエルバは代々オンドール侯爵家が治める中立国です。領土こそ広くはありませんが、質のいい魔石を算出するルース魔石鉱があるため、とても豊かな街です。良質な魔石はいろいろなエネルギー源として使えるので、高値で取引されるんですよ。」 ラモンと名乗った少年は、観光ガイド並みに歯切れの良い口調で、傍らを歩くヴァンに言った。
 大きな橋を渡りきると、トラヴィカ大通りはそのまま昇りの階段になっていた。
 のんびりと散歩する市民達の間を縫って二人が元気に階段を駆け上がると、通りは大きな十字路になっていた。右手には防具屋を初めとする賑やかな商業地区が伸び、左手には重厚な石造りの官庁街になっている。
 二人が立ち止まって階段の上から振り返ると、青い空の入り江に作られた飛空艇ターミナルと市内中心部を結ぶ橋の上を、たくさんの人々が行き交う姿がよく見える。欄干にちょこんと腰を降ろしてお喋りに興じるモーグリ族や、鉱山労働者らしいバンガ族の姿もあれば、ピッタリとした上衣や裾の長いドレスを身に纏った帝国の観光客達が空に浮かぶ島から遙か下界を見下ろしている。
「観光もビュエルバの大事な収入源ですね。」
 ラモンは言った。
「空中大陸の景観は地上のどの国でも見ることが出来ない絶景ですし、ビュエルバでは空中大陸の環境に適した独特の建築様式が発展しました。それを一目見ようと多くの旅人が来訪するんです。」
 その少年の流暢な解説っぷりに、ヴァンは素直に目を丸くした。
「お前、そんな事よく知ってるな~。」
「書物で知っただけですけどね。」
 と、ラモンはニッコリと笑った。
 ヴァンは感心半分、好奇心半分で、その少年を見た。ラモンは自分の歳を12歳だと言ったが、初対面の大人達に混じっても物怖じもせず、その態度は堂々としたものだ。歯切れのいい口調ほどには率直ではない大人びた表情だが、好奇心に輝く黒い瞳には12歳の子供らしい無邪気さも見える。
「・・・彼女はヴィエラ族ですね。」
 ラモンが階段の下を見て言った。
「あ?・・・ああ、フランな。」
 階段の下に目を向けると、他の三人がこちらを見上げながらゆっくり昇ってくるのが見える。通りを吹き降ろす強い風に、フランの長い耳と銀の髪がキラキラ輝きながら揺れている。
「バルフレアの相棒でさ、二人とも空賊なんだ。」
「空賊ですか・・・」
 ラモンはいささか驚いた様子で言った。
「僕が実際に空賊と会ったのは初めてです。ヴィエラ族の空賊ですか・・・僕もまだ勉強が足りないようです。」
「はぁ。」
 ヴァンは戸惑いながら真面目くさったラモンの顔を見た。
(空賊って勉強して覚えるモノか・・・?)
 小首をかしげたヴァンの耳に、
「この先は、オンドール侯爵の邸宅となります。お引き取りください。」
 通りの喧噪を縫ってやや刺々しいやり取りが聞こえてきた。
「ん?・・・」
 見ると、十字路の左の通りの四角い石組みのアーチの向うで、1人の帝国人らしい男性と二人の門衛が興奮した調子でやり合っている。
「なんだ貴様等、その態度は?!」
「侯爵は御約束のない方にはお会いになりません!」
 三人のすぐ後の鉄の門扉の向うに、どっしりとした巨大な邸宅が構えているのが見える。白い尖塔を供え、まるで王城のようなその屋敷を包み込むようにして、透きとおってた輝く巨大な魔石の翼が聳えていた。
「この先はオンドール侯爵の屋敷ですね。」
 ラモンが、宝石のように輝く巨大な翼を見上げながら言った。シュトラールからも見えたその翼は、間近で見ると、青い空を覆わんばかりの巨大さでビュエルバの街を見下ろしている。
「侯爵家はダルマスカ家と同じくらい古い家柄で・・・今となっては、イヴァリースで最も由緒正しい家柄と言えるかも知れません。」
 少年は、聡明な輝きを見せる眉間を僅かに曇らせた。
 覇王レイスウォールの末裔である二つの王家は2年前の戦争で既に滅びた。この12歳の少年にとって、2年前の戦争はどう映っているのだろう。
(どうだっていいさ・・・)
 ヴァンは透き通る魔石の翼から目を逸らした。
 そこへ、やり合っていた男が興奮した様子でこちらへ歩いてきた。
「オンドールめ!帝都から来てやった私を門前払いするとはな!小国の領主の分際で礼儀を知らん奴だ。」
 その男は肩を怒らせながら飛空艇ターミナルの方へ石畳を蹴飛ばすようにして歩いていった。
「けっ、帝国人だからって偉そうにさ!」
 その背に向かって、ヴァンは思わず吐き捨てた。
「礼儀を知らないのはどっちだよ!」
 その言葉に、小さなピアスを付けたラモンの耳たぶがカッと赤く染まった。
「・・・行きましょう。」
 ラモンは眉間を厳しくして口をキュッと引き締めると、まだプリプリしているヴァンの腕を取って歩き出した。
      が、 

 その足が急に止まった。







「・・・あの少年をどうするつもりだ?」
 階段の上からこちらを見ている二人の少年を見上げながら、バッシュが言った。
 ヴァンの隣でラモンが無邪気に手を振っている。
「うるさい連中がうろうろしてるんだ。手札は抑えておくに限るだろ。」
 事も無げに答えるバルフレアに、バッシュは更に眉間を険しくした。
「まさか、ミイラ取りがミイラになるつもりじゃあるまいな。」
「お堅いねぇ。だったらどうする?」「おい・・・」
 生真面目なバッシュの表情に、バルフレアは微苦笑混じりに答えた。
「まあ、そうならないように祈ってるんだな。」
 再び歩き出したヴァンとラモンを追って、三人は階段を駆け上がった。「それとも     
 階段を上がりきった十字路で、バルフレアは足を止めた。
「『迷子を保護しました』とでも連中に届けるか?     バッシュ将軍?」

 その先の魔石鉱へ向かう通りを、帝国兵の黒い甲冑が並んで封鎖していた。







「どうしたんだよ、ラモン?」
 ヴァンは、急に立ち止まったラモンの顔を覗き込んだ。物怖じしないラモンの顔に、何やら気まずい陰のようなものが浮かんでいる。
 ヴァンが首をかしげて彼の視線の先を見ると、
「申し訳ない、ここは一時通行止めだ。事情は証せないが、ビュエルバ政府の許可は得ている。回り道してくれないか。」
 十字路のすぐ先に、二人の帝国兵が立って道を塞いでいた。
「どうやら、別の道を探すしかないみたいだな。」
 追いついてきたバルフレアが、皮肉めいた調子でラモンに言った。
「他の道って?」
 ヴァンがそう言ったとき、
「こんちには旅の方。」
 十字路の真ん中に立っていた男が声をかけてきた。
「あなたの旅のサポーター、ビュエルバガイドです。・・・もしかして道に迷われましたか?」
 飛空艇ターミナルで見かけたのと同じ服装の観光ガイドらしい。どうやら観光客の多いこの街では、あちこちにガイドが配置されているようだ。
「ビュエルバガイドは、初めてビュエルバを訪れた旅行者の方々に少しでも快適な旅を楽しんでいただくための政府による無料サービスです。街の各所におりますので、安心して何でもおたずねください。もちろん、無料ですよ。」
「俺達ルース魔石鉱に行きたいんだけど・・・通行止めみたいでさ。」
 ヴァンがそう言うと、
「ルース魔石鉱への行き方ですか?現在、帝国軍があちこちで通行制限をかけておりましてね。遠回りですが、この大通りを南下するのがよろしいかと。」
 と、ガイドは丁寧に右手の商業地区の方を指して教えてくれた。
「この街の通りは独特の造りで見通しが効きませんので、隣の地図屋から地図を購入すると便利でございますよ。」
 と言うガイドの言葉に彼の足元を見ると、
「ビュエルバ観光のお供に地図はいかがクポ?」
 ちゃっかりとモーグリの地図屋が隣で地図を売っていた。ガイドと一緒とは旨い商売だなと思いつつ、ヴァンは小銭を取り出した。
「俺が買ってやるよ。・・・市内の地図ある?」
「毎度ありがとクポ!70ギルクポ。」
 するとラモンが言った。
「できれば魔石鉱の地図もあった方がいいですね。」
「そうだな。」
「ルース魔石鉱の地図もあるクポ。・・・地図買うクポ?」
「うん、いくら?」
「650ギルクポ。」「た、高いな・・・」
 いきなり市内の地図の10倍近い値段をふっかけられて、ヴァンは思わずたじろいだ。
 財布の中身は・・・あと118ギルしかない。
(や、やべえ・・・)
 ラバナスタを出る時に慌てて色んなものを買っちゃったからな・・・と、ヴァンがスカスカの財布と睨めっこしていると、
「では、私が買い求めましょう。」
 と、ラモンが涼しい顔で自分の財布を取り出した。
「10000ギルからお釣りください。」
「クポポ!・・・モグそんなに持ってないクポ・・・」
(ほんとにこいつ金持ちだな・・・)
 ヴァンは半分呆れてラモンを見た。改めて見ても高級そうな服を着てるし、腰に付けたレイピアは束に精巧な金の細工が施してある。背中に背負った盾は、何だか変わった鍵型をした凝った造りだ。
 子供の持つ装備にこれだけ豪勢なことが出来るなんて、いったいどれだけ金持ちなんだろう。
 地図屋モーグリはありったけの小銭を集めて釣り銭を数える。
「200ギル、300ギル・・・魔石鉱の地図買うような物好き・・・クポ・・・ありがたいお客なんてめったにいないから、お釣りが足りないクポ・・・400ギル・・・全然足りないクポ。」
「御迷惑でしたか?」
「ありがたいけど迷惑クポ・・・いや迷惑だけどありがたいクポ・・・500・・・」
 なにやらラモンと地図屋がお釣りのやり取りに手間取っているのを待つ間、ヴァンは通りの手持ち無沙汰に通りに目を遣った。すると、ヴァン達から少し離れて侯爵邸の方をじっと見つめるバッシュの姿が目に留まった。


「俺達に付き合ってていいのか?侯爵に会うつもりなんだろ?」
 ヴァンはバッシュの隣で言った。
「・・・会わなきゃいけないのか?」
 だが、バッシュは魔石の翼を見上げたまま、何も答えなかった。
「会ったってさ、侯爵って帝国とグルかもしれないんだろ。・・・ビュエルバの解放軍の連中は信じたがってるみたいだけどさ。」
 何も答えない男に向かって、ヴァンは1人言った。
「そりゃ・・・1人であいつを助けるのは難しいかもしれないけど・・・」
 自分の言葉に、答えて欲しいようでもあり、答えて欲しくない気もした。
 侯爵のことも、アマリアのことも、2年前のことも、自分の知らない19年前のことも、バッシュを取り巻く総てのことが、考えると厭わしくてしょうがなかった。でも、思えば口にせずにはいられなかった。
 通りを行く人々の声が、無言の二人の間を流れていく。

「ラバナスタから移住してきたんだが、この街にいる帝国兵は腰が低くて驚いたよ。いやもう、ラバナスタの兵隊とは大違いだね。」
「ラバナスタでの仕事を終えて帰ってきたけど、あの街じゃ帝国の奴らが幅をきかせてて、毎日息が詰まりそうだったわ!」
「ビュエルバはイヴァリースでもっとも自由な街なんです。領主のオンドール様が帝国と上手につきあって、独立を守ってますからね。」

 誇らしげなビュエルバ市民の言葉が、ヴァンの胸にチクリと刺さった。ラバナスタから来た女が言ってることは、自分とまるで同じ思いなのに、なぜか悔しくて腹立たしかった。
「オンドール侯爵邸を包む美しい翼は、巨大な魔石を特殊な技術で加工したものでしてね。まさにビュエルバの繁栄の象徴といえますな。」
 太い声で笑うビュエルバ市民の声に、ヴァンはつぶやいた。
「・・・でも、侯爵は嘘つきだ。」
 バッシュがヴァンの方を見た。
 何か言おうとして彼が口を開きかけた時、

     どうしました?行きましょう!」

 ラモンの明るい声が飛んできた。
 二人が目を遣ると、バルフレアとフランを後ろに従えるようにしてラモンが手を振っている。
 バッシュは言葉を飲み込んで踵を返した。
「行こう。・・・今は君の友人を助け出すのが先決だ。」


「悪りぃ、待たせたな。」
 バッシュを追って合流したヴァンが笑って言うと、ラモンはその聡明な笑顔をヴァンに向けて、まるで優しい家庭教師みたいな調子で言った。
「時間がかかるとお互いに面倒なことになるはず、要があるなら急いで済ませましょう。」
「あ?・・・う、うん。」

(なんか、こいつ相手だと調子狂うな~。)
 すっかり形無しのヴァンは、ヒョイと肩をすくめると、さっさと先を行く4人の後を追って、トラヴィカ大通りの商業区を南に向かって歩き出した。
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