SSブログ

Chap.3-13 The Zebire Cavern -ゼバイア大空洞- [Chapter3 地の底で見たもの]


「それっ!!」
「キィィッ!!」
 火花を散らすケーブルから最後の一匹をヴァンの短剣がたたき落とした。だがミミックは足の半分を失っても、凄い勢いで坑道の奥へと逃げていく。
「待て、こらっ!!」 電球の明かりが力強さを取り戻して、ヴァンとミミックの影がくっきりと線路上に浮かび上がる。滑るように逃げるミミックを追ってなおも坑道を南へ走ると、突然坑道の石壁が無くなった。
 右手からは土手のようななだらかな土の山がせり出し、左手は抉られたように土肌が剥き出しになって、崩れた瓦礫が土に混じって足下の線路を埋めている。坑道は突然押し寄せる土の塊に飲み込まれるように行き止まりになっていた。

「えいっ!」
 右手の土手に這い登ろうとしたところで追いついたミミックにとどめを刺すと、ヴァンは立ち止まって周りを見回した。
 行き止まりになったように見えた坑道だが、振り返れば、右手には通れそうな土のトンネルが延びていて、左側の土手と岩壁の間にも、人一人が通れそうな隙間が空いている。
 ヴァンはミミックが逃げ込もうとしていた左側へ歩を進めた。右のトンネルは明らかに北に向かって延びていて、来た方向に戻ってしまいそうな気がした。
 狭い岩壁との隙間に入り込んで、土手の裏へと回り込むと、
「あ・・・」
 思わず足を止めたヴァンのつま先を、冷たい水が洗っていた。
 そこには電球の明かりのない、夜のように暗い空間が広がっていた。
 坑道から届く僅かな光が、鏡のように静かな水面を金色の月明かりのように微かに照らしている。
      .地底湖だ。
 ヴァンは足が濡れるのも構わず、濡れ石の上を跳んで水辺へと駆け下りた。
「うわぁ・・・。」
 ヴァンは思わず嘆声をあげた。
「すっげぇ・・・。」
 そこは、大型の飛空艇でも優に入ってしまうのではないかと思えるほど巨大な空間だった。
 暗い地の底に広がる湖は、深い蒼と密やかな翠の光を湛えて、磨かれた石のように冷たく静かにそこに広がっていた。見上げると、遙かに高い天井は、巨大な鍾乳石の影が亡霊のように微かに重なり合い、更に高みは光も届かず、まるで果てしのない闇を覗いているかのようだ。
 その闇へと舞い上がる銀の雪のように、水の上では、透き通ったクリスタルの欠片のような透明な翅を持った小さな羽虫が、キラキラと輝きながら音もなく群れ飛んでいる。
 その向うの、靄に霞んだような遙か対岸には、水面よりかなり高い場所に小さな黄色い光が点々と並んで星のように輝いている。きっと向うにも鉄道の坑道が巡っているのだろう。
 ダルマスカの砂漠の下に、こんな場所があったなんて。
 ヴァンは声もなく、その大空間に圧倒され、目を奪われていた。
 その時、
「グェ!!」
「わぁっ!?」
 突然背後から凄い勢いで突き飛ばされて、ヴァンは水の中に思いっきり突っ込んだ。
「・・・痛ってぇー・・・」
 びしょ濡れになった顔を上げて振り向くと、そこには牛みたいな角が4本も生えた巨大な土塊みたいなカエルがふんぞり返っていた。
「グルェェェェェッ!!」
 カエルはタライみたいに大きな口を開けて、笑うような歌うような妙な声を上げた。
「やったな、この野郎!」
 濡れ鼠のヴァンが水に尻餅をついたまま短剣を構える側から、その巨大ガエルは大口を開けて飛びかかってきた。
「グアアッ!!」
     .はっ!!」「グェ!!」
 カエルのたるんだ脇腹を、バッシュの剣がかっさばいた。
「大丈夫か?!」
「あ・・・」
 ヴァンが答えるより早く二の太刀が閃くと、刎ねられた角がクルクルと宙を飛んでヴァンの膝の上に落ちてきた。
「・・・あ、ラッキー・・・。」
 静まりかえっていた大空洞は、瞬く間に魔物の雄叫びと轟く銃声と弓矢の唸りを反響して、耳をつんざくような大音響に包まれた。
 だが、それもすぐに止み、ヴァンがボソボソになった髪の先から水を滴らせながら立ち上がった時には、カエルはもうダラリと長い舌を伸ばして動かなくなっていた。
「脇のトンネルからターミナルに続く坑道に出られるわ。急ぎなさい。」
 フランは涼しい顔でそう言うと、さっさと石の上を跳んで坑道の方へ戻っていった。
「洗濯なら服を脱いでからやるんだな。」
 まだ煙の出ている銃を担いだバルフレアが、濡れ鼠のヴァンを冷やかすような目で見ながら言った。
「チョロチョロしてると迷子になるぜ。」
「はいはい・・・。」
 ふてくされた返事をしながら、ヴァンはそっぽを向いた。バッシュが無言で立ち去るのが横目に見えて、ヴァンは少しほっとした。
「あーあ・・・」
 びしょびしょになったポケットをひっくり返して水を絞ってみて、ヴァンは気付いた。
「あ、魔石・・・」
 ポケットから女神の魔石がなくなっていた。転んだ勢いで落としたらしい。暗がりを見回すと、すぐ足下に半分水に浸かった魔石が、水底の火のように赫く輝いていた。
 ほっとして、その石にヴァンが手を伸ばした瞬間、
     !」
 ヴァンの足が、一歩後退りした。

 暗い水の上に、レックスの姿が虹のように浮かび上がった。



 フランが振り返った。
 立ち止まった彼女に、バルフレアも足を止めた。
「どうした?」
 立ち尽くすフランの目は、どこか遠い場所を見ているかのようだった。
「埋み火が風を呼んでいる     
 彼女は低く囁いた。
     炎を望んで。」
 バルフレアは訝しげにフランの視線の先を追った。
 そこには、ぼんやりと1人水辺に立つヴァンの姿があった。







 光に包まれた兄の幻は、前に見た時と同じ、優しく穏やかな目で自分のことを見ていた。
 それは、大切な、懐かしい兄の姿だった。
 だが今のヴァンは、その姿を目にすることが、苦しかった。
 その穏やかな瞳を、見ることが出来なかった。

『彼を信じてやってくれ。』

 バッシュの言葉が、ヴァンの胸に重く響いていた。
 胸の奥を見透したかのような彼の静かな視線が、目の前の兄の瞳と重なって、ヴァンは幻から顔を背けた。
 
 ・・・俺は、信じてた。
 あいつに言われなくても、皆が兄さんを疑っても、俺はいつだって・・・
      信じたかった。

 でも自分は、それが出来なかったんだ。
 兄さんはバッシュに騙されたのだと、自分の中で言い訳せずにはいられなかった。
 ・・・俺自身が、兄さんを信じてなかったんだ。

『彼は立派な若者だった。最後まで祖国を守ろうとした。』

 どれほど聞きたかった言葉だろう。
 疑う人々と、何も言えない兄の間で、自分がどれだけ聞きたいと願っていた言葉だろう。
 自分自身の疑いと迷いの中で、本当のことを知る人の口から、その言葉が聞けることを、どれだけ待ったことだろう。
      欲しかった言葉を聞けたのに、どうして胸の中の暗い澱は、何一つ消えないのだろう。

 
 ヴァンは淡い光に包まれた兄の姿を見た。

 兄さんは、帰ってこない。
 幻は、幻でしかない。

 ・・・それでも、信じてしまえばいい。彼の言葉を。
 ダルマスカの英雄は、誰も裏切りはしなかったのだと。
 何もかも、帝国が仕組んだことなのだと。
 そうすれば、兄さんは裏切者ではなかったと、その言葉も”真実”になる。
 でも     .

 レックスの姿がふっと淡くなった。
 静かな微笑みの向うにキラキラと舞い飛ぶ羽虫の群が透けて見えて、兄の姿はいつか見た夢のように白い光の粒に変わっていくようだった。
「兄さん・・・」
 ヴァンの呟きに答えることもなく、レックスの姿はすうっと水面に溶けるように消え失せた。
 あとには、仄暗い地底湖の碧い水面と、遙かに高く延びる銀の炎のような羽虫の群だけが残った。
 その何もない空間に、どこかほっとしている自分がいる・・・。



     .煮え切らないな。」

「え?」
 ハッとして振り返ると、少し離れた場所に、バルフレアが立っていた。
 ヴァンは魔石を濡れたポケットに戻すと、無言で水辺を離れた。
「水鏡に相談しても答えちゃくれないぜ。」
 バルフレアは言った。
 皮肉めいた笑みは浮かべていても、声音からは彼の苛立ちが伝わってくる。先を急ぎたいということなんだろう。ダルマスカのことも兄さんのことも、所詮彼には関係ないことなのだ。
 そう思うとヴァンは無性に腹が立った。
「だってさ!」
 ヴァンはムキになって言った。
「みんなあいつの勝手な言い分だろ?信じるったって、本当かどうか分からないじゃないか。それに・・・」
 ヴァンの視線が下がった。
「・・・弟が兄貴を陥れて・・・殺そうとするなんてさ・・・兄弟だろ?」
 戸惑いに口籠もるヴァンを見て、バルフレアは少し笑った。
「信じられないか?・・・よくある話さ。」
「そんな!・・・」
「ま、全部作り話でも構わんさ。」
 立ち尽くすヴァンに痺れを切らしたように、バルフレアは背を向けた。
「ここを出るまで、あいつに背中を刺されなきゃ充分だ。」
 坑道へ続く水辺の岩の上を軽やかに跳びながら、バルフレアの背中がヴァンに言った。
「迷うのは勝手だが、余計な荷物はさっさと降ろすんだな。     翼が重いと空は飛べないぜ。」
「余計だって?・・・」
 その言葉に、ヴァンは思わずカッとなった。
「関係ない奴が勝手なこと言うな!」
 ヴァンは遠ざかる背中に向かって叫んでいた。

     .楽になりさえすれば、本当のことはどうでもいいのかよ?!」

 答えは返ってこなかった。







「・・・っと!」
 土手のようになった土の山を滑り降りて、ヴァンは先を行く3人に追いついた。振り向くと、大きな空洞の遙かに高い天井が、微かに水面の波を映してぼうっと白く輝いている。
「なんで地下鉄道の跡に、こんな大きな空洞があるんだ?」
 ヴァンは、足下のひしゃげたレールと崩れた石壁を押しつぶす土の山を見まわしながら、誰言うともなく言った。「・・・坑道、崩れてるしさ。」
「ダルマスカ砂漠の地下には、豊富な水脈と、それが生み出した多くの地下洞窟が存在する。このゼバイア大空洞もその一つだ。」
 前に立って歩きながら、バッシュが答えた。
「水は砂漠に暮らす多くの命を支えているが、この地下鉄道では、それが度重なる出水と落盤事故となって建設工事を阻んだ。ここでも土石流が起きたらしい。」
「・・・それだけかしら。」
 フランは小さく呟いたが、ヴァンの耳には届かなかった。
「ふーん・・・」
 ヴァンは土を被ってでこぼこになった地面を眺めた。突発的な事故が起きた事を思わせる曲がったつるはしや壊れた木箱が転がる中にに混じって、片隅にはヴァンの腰近くまである大きな壺が幾つも並んでいる。荷物を持ち出す暇さえなかったのだろう。
「よほど慌てて逃げたんだな。」
 ヴァンは壺の一つを開けてみた。
「へへ・・・中にお宝が入ったままだったりして・・・お!?」
 ヴァンが壺の中から小さな羽根を取りだした。
     フェニックスの尾ゲット!・・・他にもないかな・・・」
 味をしめたヴァンが鼻歌交じりに次の壺に手を出した時、
「キシャァッ!!」
「わぁっ!?」
 ヴァンは弾かれたように飛び退った。
「やぁっ!!」
 ヴァンの鼻先でバッシュの剣が閃く。
 尻餅をついたヴァンの目の前に、一刀両断にされたミミックがガシャリと音を立てて転がった。
「な、何だよコイツ?!」
 壺だと思っていたものが、蓋に手をかけた途端、突然ミミックに姿を変えて襲ってきたのだ。蜘蛛の腹の周りにぴったりと長い足をすぼめれば、古いブロンズの壺と見分けが付かないほどそっくりなのだ。
 へっぴり腰で尻餅をついているヴァンにバルフレアが言った。
「言ったろ?ミミックは色んなモノに擬態する。うっかり手を出すと食われるぜ。」
「そんなぁ!」
 ヴァンは目の前にずらりと並んだお宝の壺を見た。
「じゃあ、これのどれかはミミックってことか?」
「全部かもね。」
 フランの言葉に、ヴァンは大きな溜息をついた。
「ちぇっ・・・なんでそんな事すんだよ・・・」
 立ち上がったヴァンは、おあずけをくった子犬みたいに目の前にずらりと並んだお宝の壺を恨めしそうに眺めた。
 開けるかどうか踏ん切りがつかずに、握った短剣をモジモジさせているヴァンを横目で見て、バルフレアが空っ惚けて言った。
「・・・知ってるか?こいつらの好物。」
「電気じゃないのか?」
「そりゃバッテリミミックだろうか。」
「じゃあ何だよ?」
 問い返すヴァンに、フランが言った。
     .ヒュムの脳味噌。」「いっ?!」
 思わず後じさりして頭に手をやったヴァンを面白そうに見ながら、バルフレアが言った。
「こいつらは擬態することで、相手が自分の餌に相応しいかどうかテストしてるのさ。」
「テスト?」
「蓋を開ける知恵も無いような奴の脳味噌は、マズくて食えないんだとさ。」
 並ぶ壺をじっと見ながら聞いていたヴァンは言った。「それってさ・・・」
「蓋を開けたら、まんまと騙された馬鹿だと思われるし、蓋を開けなくても、開け方の分からない馬鹿だと思われる、ってことだろ?」
 ヴァンはニンマリ笑って短剣を振りかざした。「だったら・・・」
     片っ端から狩ってやるまでさ!」
「そういうことだ!」
 躍りかかるヴァンの短剣が閃くと同時に、バルフレアの銃口が火を吹いた。


 並んだ壺はミミックの擬態の方が多いくらいだった。だが相手が擬態を解いた瞬間、飛び退るヴァンの脇からバッシュの剣が閃いた。怒りの矛先を変えた相手の隙を突いて、ヴァンがお宝を掠め取る。たまらず逃げ出そうとするものは、待ちかまえた矢と銃弾の餌食になった。
「次は・・・こいつだ!」「それは・・・」
 次の壺に手を伸ばすヴァンにバッシュが声をかけようとするのを、バルフレアが小声で制した。
「よしなって。」
「しかし・・・」
     畜生!こいつも蜘蛛だ!」
 まんまと「ハズレ」を引いてミミック相手に奮闘するたヴァンは、背後で加勢するバッシュの当惑顔など気づきもしない。
 フランが矢を番えながらバルフレアに言った。
「・・・見分け方、教えてやらないの?」
 バルフレアはヴァンの背中を見ながらただ笑って、逃げ出すミミックに銃口を向けた。
 その時、
「あ!わかった!!」
 ヴァンが歓声を上げた。
「色が違う!青っぽい色の奴がミミックだ!」
 バルフレアがフランに向かってヒョイと肩をすくめてみせた。
「・・・へへっ、もう騙されないぞ!」
 ニンマリ笑って自慢げに鼻をこするヴァンの後ろで、やや呆れたようにバッシュが振り返った。
 その髭面に向かってバルフレアはニヤリと笑った。
     脳味噌は食われるためじゃなく、使うためにあるんでね。」


 そしてヴァンの目の前には、青ざめた色をした壺が三つ残った。
「うーん・・・」
 ヴァンは腕を組んでその「宝箱」を眺めた。三つの壺は、何を考えているのやら、コトリとも動かない。

 その様子を見ながら、フランが呟いた。
「・・・危険を冒してでも宝箱の蓋を開けようとするのは、欲望という業の深いヒュムが一番多い。自然と彼らはヒュムの脳味噌が好物になった。」

 2、3度首を傾げたヴァンが、改めて短剣を構えなおした。
     .やっぱ、おまえらのお宝も全部いただいてやる!」
「キーッ!!」
 いきなり短剣で横っ腹を抉られたミミックが擬態を解いて猛烈な勢いで飛びかかる。だがお宝は既にヴァンの手に握られていた。
「・・・ちぇっ!鉄くずか。」
 ヴァンは小さく舌打ちをして、飛びかかる手負いのミミックに短剣を振りかざした。

「・・・偽物とわかっても、宝箱に手を出さずにはいられない。」
 逃げるミミックに矢を放ちながらフランが呟いた。
「それがヒュムの業ってか?」
 引金を引きながら笑うバルフレアに、フランは微笑を返した。
「さあ・・・」
 そして雪のような銀髪を揺らしながら、フランは次の壺に向かって一の矢を放った。

「空賊の業、かもね。」(いいえ、ゲーマーの業ですw)


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

Chap.3-12 The Flashb..Chap.3-14 The Mimic-.. ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。