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Chap.3-12 The Flashback -バッシュの回想- [Chapter3 地の底で見たもの]


     .ダルマスカ騎士団が帝国軍によるラミナス陛下暗殺計画の情報を得たのは、降伏文書調印の前日、既に日も落ちてからだった。」

 重い重い荷物を降ろすように、ゆっくりと地に腰を降ろすと、バッシュは話し始めた。
 感情を抑えた男の深い声が、静まりかえった坑道に響いた。

「既に陛下はナルビナ入りされている。日が変わればいつ調印が済んでもおかしくはない。我々には躊躇っている時間がなかった。・・・僅かな同志を募ってナルビナ城塞に急行し、潜入を図った。両軍は停戦に入っていたが、警備兵との小競り合いは避けようがなかった。」

 ・・・そう。この男がそう仕組んだのだ。
 ヴァンは、事件の経過を伝えるオンドール侯爵の声明に歯軋りをする人々の、屈辱に歪む顔を思い出していた。
 確実に城塞に侵入して調印会場まで到達するため、彼は暗殺計画の情報を流してダルマスカ騎士団を動かした。
 そのために、騎士団は暗殺事件への組織ぐるみの関与を疑われ、ダルマスカ軍が「和平協議中の停戦」という不文律を破ったという現実が、その後のダルマスカの立場をより惨めなものとしたのだ。
 ヴァンは唇を噛んだ。
 王様の命が危ないと知らされて、誰がじっとしていられるだろうか。たとえ王国騎士ではなくとも・・・

     .中層の空中庭園で激しい戦闘になり、残った者は数えるほどになった。その中に、レックスがいた。」
 見下ろすヴァンの刺すような視線にも揺らぐことなく、バッシュは言葉を続けた。
「少しだが、話をした。・・・17歳だと。ラバナスタに二つ下の弟がいる、と。」







『レックス・・・レックスです、将軍。』
     .さあ、立ち上がるんだ。』

 伸ばした手を真っ直ぐに握り返す、素直な若々しい手。

『君は何歳だ?』
『あ・・・、17歳です!』

 アーシェ王女と同じ歳のその少年の姿は、初々しさに満ちていた。
 自分が故国の危機に剣を取っていたのも、同じ17歳の時だった。
 そして、このダルマスカの地へ来たのもまた     .
 この少年がこの国で生まれ、これまで生きてきたのと同じ時間を、自分はダルマスカで過ごしたのだ。

      .あれから17年がたったのだ。

『父と母は死にました。二つ下の弟が、ラバナスタにいるだけです。』
『すまないな。君みたいな若者にまで剣を取らせることになって。』
『いいえ!祖国のためです。父や母、多くの同胞のために     
『急ぐぞ、バッシュ!お喋りしている暇はない!』

 ウォースラ達ともはぐれ、共に進む者が僅かとなっても、その少年は臆することなく共に前へ進んだ。
 慣れぬ手に剣を握りしめ、ただ一途に、ひたむきに。
 逃げることなく。

『陛下はご無事でしょうか?』
『無条件での降伏を飲むんだ、調印式が終わるまで流石に手出しは出来んさ。』
『でも、調印式が終わっていたら     


『将軍!ここは俺が何とかします!先へ行ってください!』
『さあっ!早く!!』







「事態は一刻を争った。だが、追う帝国兵は引きも切らない。我々は最上層への階段に釘付けになった。新たな追っ手が迫っていた・・・」
 バッシュは言った。
「我々を陛下の下へ行かせるために、レックスは1人、その場に踏みとどまった。」
 ヴァンが息の詰まったような声を上げた。
 その声から顔を背けて、バッシュは僅かに目を閉じた。
 そして、ゆっくりと苦い息を吐くと、重い扉を押し開くように、言葉を継いだ。
「私を含めた3人が、調印式の会場へと辿り着いた。そして・・・」
     .罠に飛び込んだ。」
 そのバルフレアの言葉に、バッシュは重苦しく頭を垂れた。







 目の前を埋め尽くす帝国兵の黒い壁。
 足下に折り重なる、和平調停に臨んだ両国の代表団の屍。
 次々に倒れる仲間。
 払っても払ってもまとわりつく暗黒の闇のように、押し寄せる黒い甲冑の前に為す術もなく、自らも絡め取られ、組み伏せられるしかなかった。
 そして、目の前の甲冑の壁が割れて、初めて目にした玉座には、ラミナス国王の姿。
 その玉体は、深々とダルマスカの剣に貫かれて      .


『ようこそ。ローゼンバーグ将軍。』

 突然視界を遮った男を見上げて、我が目を疑った。
『お前は・・・』
 そこには一つの鏡があった。
 自分と同じ軍装、同じ剣、同じ盾、同じ・・・顔。
 鏡から抜け出たように自分と同じ姿。

       それが出来る人物を、自分は1人だけ知っている。

『お前が、なぜこんな・・・』
     我々は、裏切者に売られる家畜ではない。』
『!!』
『・・・そうだったな?バッシュ。』
 その冷たい微笑みは、刃のように自分の心臓を切り裂いた。そこから17年前の古い血が吹き出した。
『バッシュ・フォン・ローゼンバーグは帝国を前に剣を引く男ではない。・・・例え、遮るものが何であろうと。』
 鏡の中の自分は、そう言って背を向けた。
『待てっ!!』
 群がる蟻のような帝国兵に引きすえられながら、叫んだ。
『待ってくれ!!』



『どうしてあなたが     
 彼は自分にその一部始終を見せた。
 兵士達の腕の下で、声を立てることも動くことも出来ず、自分はただ目を開いて、一途に戦い続けた少年と自らの17年間が破滅していく様を、見ていることしかできなかった。
『なぜ、こんなことを     
 まるで、両の眼に業火の焼印を押されるように。
『陛下は売国奴だ。』
 鏡の中の自分が笑った。
 その背を追うように振り向いたレックスの体が、ゆっくりと崩れ落ちた。


『和平交渉もこれで終いだな。』
『我々は無条件降伏などせん!陛下はダルマスカを貴様達に売り渡す売国奴だ!』
『我々はダルマスカに敬意を払い、それなりの主権を残そうと努力していたのだ。』
『それも総て将軍、君のせいで台無しだ。』
『俺は帝国に屈しない!』

『ダルマスカの民は、さぞかし君を恨むだろう     







「双子の弟?出来すぎだ。」
 バルフレアが醒めた笑みと共に言い捨てた。
 だが、
「・・・まわりくどい陰謀だが、筋は通ってる。」
 微苦笑混じりにそう言うと、呆れたように腕を広げた。
「あいつ、似てたしな。」
「信じられるかよ。」
 二人に背を向けたヴァンは、ただそれだけ言った。
「無理も無い。」
 バッシュは、あの日の少年と同じ歳になった、その弟の背を見上げた。
「私がレックスを巻き込んだのだ。」
 そして言った。
     すまなかった。」

 ヴァンは、振り返らなかった。
「あんたの仲間扱いされて、兄さんは何もかも無くした。今さら     」「私はいい。」
 バッシュは立ち上がった。
「彼を信じてやってくれ。」
 ヴァンの背が、ビクンと震えた。
 微かに喘ぐような息が、唇から漏れた。「俺は・・・」
「彼は立派な若者だった。最後まで祖国を守ろうとした。」
 バッシュは言った。
     .いや、弟を守りたかったのだろうな。」
「あんたが決めるなっ!」
 ヴァンは弾かれたように叫んだ。
 右の拳を握りしめて、ヴァンは裏切者と呼ばれ続けた男の方を振り返った。
 その男の静かな眼差しは、真っ直ぐにヴァンを見つめて、揺るがない。
 ヴァンの息が震え、声が嗄れた。
「・・・あんたが・・・決めるな・・・!」
     ならお前が決めろ。」
 バルフレアは二人に背を向けた。再び灯りが翳り始めていた。
「・・・楽になれる方を選べばいい。」
 背中越しに、その暗く冷めた声が言った。

     どうせ戻らない。」


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