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Chap.5-4 To the Mines -魔石鉱へ- [Chapter5 空中都市]

「都合により、こちらは一時的に通行止めです。ご迷惑をおかけしておりますが、どうか御理解とご協力をお願いしたくあります。」
 その帝国兵は、背筋をピンと伸ばして、ヴァンを相手に鯱張った敬礼をした。「こっちもかよ・・・」
 ヴァンはわざとらしく口を尖らせて不満げな顔をしてみせた。大通りから魔石鉱の方へ向かう曲がり角には、ことごとく帝国兵が立って通りを封鎖している。このトラヴィカ大通りの一番奥のマイテ魔法店横の曲がり角も例外ではなかった。
「あっちもこっちも全部封鎖じゃないか。迷惑だよ。」
 ヴァンはさも気難しそうに腕を組むと、帝国兵を横目でジロリと睨んだ。
「・・・分かってんのか?」
「誠に恐縮であります!不自由をおかけしますが、どうか御理解お願いします!」
 やたらと恐縮する帝国兵に、ヴァンはなおも勿体付けて唸った。
「困るんだよなぁ・・・。それに、こういう一方的なやり方ってさぁ・・・」
 と、そのヴァンの襟首を、後から伸びた手がぐいっと引っ張った。
「うわっ!」


 角を曲がった魔法屋の前まで戻って、やっとバルフレアは掴んでいた手を放した。
「何すんだよ!」
「いちいち自分から帝国兵に話しかける奴があるか。封鎖されてるのは見りゃ分かるだろ。」
「そんなこと言ったって・・・」(ゲームだから仕方ないだろ。サウスフィガロじゃないんだし。) 
 言い返しかけたヴァンだったが、バッシュとフランが無言でバルフレアに同意している目を見て、言葉を飲み込んだ。生意気にもラモンまでが「困った人ですね。」と言わんばかりの目でこちらを見ている。
(いいじゃないかよ、これくらい・・・)
 ヴァンは1人、決まり悪く鼻を擦りながらそっぽを向いた。
 侯爵が許可したとはいえ、問答無用の封鎖にビュエルバ市民が迷惑しているのは事実なのだから。何より、ラバナスタでは自分達のことをチョコボ以下だと蔑んでいる帝国兵が、ここでは市民相手に恐縮しきりなのだ。ちょっとぐらい便乗して嫌みの一つぐらい言ってやりたいではないか。それに     .

     .何もしなくても、俺達って目立ってんじゃないか?」

 そう言って、ヴァンは魔法屋前の通りを見た。

「・・・ねえ、彼女ヴィエラ族じゃない?」
「ほんとだ!あたしヴィエラ族を見るのって初めてよ。」
 呼び込みの女の子達がヒソヒソと話をしている。
「ヴィエラがいるって本当か?」
「何、ヴィエラだって?!」「どこだ?」
「プルヴァマにヴィエラが来る事があるのかね?」
 魔法屋に集まった男達の目が一層輝いてキョロキョロと辺りを見回している。
 その目がフランの褐色のしなやかな肢体とウサギのような耳を見つけると、伸びていた鼻の下が更に下がった。
「おお、ヴィエラだ!これは珍しい!」
「プルヴァマでヴィエラの姿を見るなんて、何年ぶりかねぇ!」
「どうやってここまで来たんだ?まさか飛空艇か?」
「噂に違わぬいい女だねぇ。・・・ビュエルバでヴィエラに会えるなんて思わなかったよ!」
「やっぱヒュムの女の子とは違うねぇ~。」
 魔法屋に流れていた足がピタリと止まって、じわじわとこちらに向かって流れ出した。
「く、くやし~!営業妨害だわ!」
 魔法屋の女の子が嫉妬に燃えた悲鳴をあげた。
「あたしのプロポーションも負けてないのに!」「あんた、お尻ぺったんこじゃない。」「そういうアンタの胸も鉄板でしょ?!」・・・・・

「な?みんなフランの噂してるだろ?」
「どいつもこいつも・・・」
 バルフレアは忌々しそうに舌打ちすると、集まってくるスケベ根性丸出しの野次馬達にクルリと背を向けた。すかさずバッシュとラモンも人混みの向うへ駆けだす。
「あ!ちょ、みんな待てよ!」
 いきなり出遅れたヴァンも慌てて走り出そうとした時、
「フラン・・・?」
 ヴァンは当のフランが、立ち止まったままなのに気が付いた。
「どうしたんだよ?フラン。」
 自分の姿に物珍しげに目を見張って集まってくる野次馬達を、フランは遠い所を見るような静かな目で見つめていた。
 まるで彼女だけが深い森の中に佇んでいるかのようだった。
 そしてヴァンは、彼女が低くつぶやくのを聞いた。

     .私はもう、ヴィエラじゃないわ。」







 ヴァンとフランが野次馬の前から姿を消すと、入れ替わりに、人混みの間からバンガの尖った鼻が二つ突き出した。
「・・・いたぜ。バルフレアだ。」
「本当に来やがった。ヘッヘッヘ・・・」
 ギジューとブワジは黄ばんだ牙をむいてニヤニヤ笑った。
「兄貴の言ったとおりだな。」
「でもよ、今度はガキが1人増えてるじゃねぇか。誰だよ、あの金持ちそうな小僧は?」
「さあな。」
「いちいち話と違うじゃねぇか。一体どうなってるんだ?」
「俺が知るかよ!」ショタコンに宗旨替えでもしたんじゃねえか? 
 ブワジはしきりに首をひねるギジューを怒鳴りつけた。
「とにかく、戻って兄貴に報告だ!行くぜ!」







 ヴァン達は人混みの間を縫って、通りの突き当たりを南東に下る採掘作業員居住区の路地を駆け下りた。急な休みで暇そうに道端にたむろっている作業員達の鼻先を駆け抜けると、一件の店に飛び込んだ。
「みんな急に走るなよなー。」
 店内のひんやりとした空気に、ヴァンはホッと一息ついた。
「思わぬ所で騒ぎになったな。」
「・・・ったく、暇人な奴らだ。」
 バッシュとバルフレアは苦い顔を見合わせると、ヴァンの手から市内の地図を取り上げて、二人で何やら話を始めた。
 当のフランは相変わらず誰より涼しい顔をして、客で賑わう店の中を眺めている。まるでさっきの騒ぎが他人事のようだ。
「・・・どうしてみんなフランのことを珍しがるんだ?」
 ヴァンは、その姿を眺めながら、誰言うともなく言った。
 そりゃ、二年前よりヴィエラを見かけることは少なくなったけど、こんなに騒がれたのは初めてだ。でも誰も疑問に思ってないみたいなのは一体・・・。
「ヴィエラ族がプルヴァマに姿を見せることはめったに無いからですよ。」
 答えたのはやはりラモンだった。
「本来深い森に暮らし、自然と共に生きるヴィエラ族は、機工術や飛空艇を好みません。ですから、飛空艇を使わないと行き来できないプルヴァマでは、ヴィエラ族の姿を見ることはほとんどないんです。」
 そう言って、ラモンは自分に背を向けているヴィエラの女空賊へ大人びた目を向けた。
「僕も、最初は驚きました。」
「・・・そういうことか。」
 ヴァンは頷きながらフランを見た。
 確かに、戦争前、まだダルマスカにヴィエラ達を多く見かけた時ですら、モーグリに混じって機工に携わるようなヴィエラはいなかった。今では数少なくなったヴェイラの旅人にしても、陸路を移動する者が主で、飛空艇ターミナルでその優雅な姿を見かけることはめったにない。
 そんなヴィエラなのに、フランは自ら飛空艇を乗り回す空賊なのだ。自分だって、ラバナスタの王宮で初めて彼女に会ったときは、随分変わり者のヴィエラだと思ったものだ。
 ラモンは続けた。
「・・・イヴァリースには、他の種族との接触を避け、森から出ることすら拒んでヴィエラ本来の生き方を守り続ける、白い肌のヴィエラもいると聞きます。フランさんのようなヴィエラは、本当に珍しいんです。」
 ヴァンとラモンの視線に気付いてフランはこちらを振り返った。ウサギのように長い耳が揺れ、褐色の肌に腰まで流れる銀色の髪が波打つ。だが、好奇心を隠さない二人の少年の瞳に見つめられても、フランは、静かな目を二人に向けるだけで、何も言わなかった。
     私はもう、ヴィエラじゃないわ。』
 1人つぶやいていたフランの言葉が、ヴァンの耳に蘇った。
 フランは何故、あんなことを言ったんだろうか。
 空賊として生きることは、ヴィエラであることを完全否定するほどのことなんだろうか。
 どうして彼女は、空賊になったんだろう。
「”本来の生き方”なんてのはな     
 ヴァンの肩にポンと置かれた手の方を振り返ると、バルフレアが笑っていた。
     何でも型にはまっていないと気の済まない、退屈な奴の言い草さ。・・・縛られたって誰も空は飛べない。」
 そう言ってバルフレアは相棒に目配せすると、再び店の外へと足を向けた。それにバッシュも続く。
「二人共、どこ行くんだよ?」
 戸惑うヴァンに、バッシュが答えた。
「私達が魔石鉱までのルートを確認する。君達はここで待っていてくれ。」
「戻るまでフランと一緒に大人しくしてろよ。」
「でもこの店が騒ぎになったら・・・」
「ここならつまらんことで騒ぐ奴はいないさ。」
 バルフレアは背中がそう答えると、二人は再びビュエルバの通りへと出て行った。


 さっそく外で野次馬達の声がする。
「ヴィエラの彼女はどこにいった?!」
「彼女なら防具屋がうちの看板娘になってくれって連れてったぜ。」
「何?!あっちだ!」

 野次馬達の足音が遠くなっていく。バルフレアも随分適当なことを言ったものだが、しばらくは外の連中には見つからずに済みそうだ。でも、この店なら騒がれないってどういうことだろう。
 ヴァンとラモンは店の中を見回した。
 天井まで伸びた棚に巻物と書物がぎっしりと並んだ店内には、ヴァンの腰の高さあたりに、フサフサと毛の生えた長い耳と、赤いボンボン、青いボンボン、緑のボンボン・・・(オプーナかよ!) 

「クリオの技屋をどうぞよろしくクポ!」
「ここはモーグリのモーグリによるみんなのための技屋クポ!」
「どんどん買って、みんなで幸せになるクポ~。」

「・・・この店、モーグリがいっぱいだ。」「ですね。」







「クリオの技店は政府非認定でも、安心の品揃えクポ!」
「旅に便利な技も色々取りそろえてるクポ。見ていって欲しいクポ!」
 店内はちょこちょこと駆け回るモーグリ達の声がクポクポと賑やかだ。
 この店の店員は、全員がモーグリ族なのだ。
「旅の方、ここはクリオの技屋です。ビュエルバに住むモーグリ達が作った組合の直営店ですから、品揃えは折り紙付きですよ。」
 この店内にまで配置されているビュエルバガイドが、店内に目を配りながらにこやかに説明する。
「ビュエルバにはモーグリ族がたくさん暮らしていて、魔石鉱の設備の整備や採掘した魔石の加工、グロセア機関の研究開発など、様々な技術職に従事しています。ここは、そんなモーグリ達の様々な技を修めた書物やアイテムを提供する技屋なんですよ。」
 それを聞いてラモンの目が輝いた。さっそく棚に駆け寄ると、なんだか難しそうな技術書が並ぶ棚の前で書物を吟味し始めた。
(何がそんなに面白いんだろ?)
 ヴァンも適当な書物をペラペラとめくってみたが、びっしり並んだ字を見るだけですぐに頭が痛くなってやめた。
 傍らには、やはりキョロキョロと背表紙だけを眺めている帝国からの旅行者らしい男性がいて、黄色いボンボンのモーグリがニコニコしながら声をかけている。
「お客さんは飛空艇の技術書を探してるクポ?それとも魔石の文献クポ?」
「いや、私はこういうのは素人なんだが・・・」
 年配の男性は穏やかに笑った。
「私の弟は帝都の研究所に勤務する技術者でね。ついこういう店をのぞいてみたくなったんだよ。弟はもうすぐ軍の任務でビュエルバに寄るそうだが、時間が許せばモーグリの技術を学びたいと言っていたよ。」
「それは大歓迎クポ!モグ達も帝国の技術のことを色々知りたいクポー。」
 そういえばノノもビュエルバで飛空艇の技術を勉強したいって言ってたっけ。
 早いとこパンネロを助け出して、ノノにも紹介してやんなきゃな。
 その時、後でモーグリの声がした。
「あ、ヴィエラ族クポ。めっずらしいクポ~。」
 振り返ると、モーグリの店員がフランが話をしている。第一声は驚いたような声をあげたモーグリだったが、もう当たり前のような顔をしてフランとグロセアエンジンについて話をしていた。
「クポ・・・あの辺りのミストは最近ずっと安定してるはずクポ・・・近くにプルヴァマみたいな巨大浮遊石があると浮力が乱れることもあるけど・・・モグにもよく分からないクポ・・・」
 何かフランに尋ねられたのだろう。モーグリはしきりに首を傾げていたが、しばらくするとフランは礼を言って店の奥へと歩いていった。
「・・・そんなエンジントラブルって初めて聞いたクポ・・・まだまだ研究の必要があるクポ・・・」
 1人でぶつぶつ言いながらこちらへ歩いてきたそのモーグリに、ヴァンは何気なく声をかけた。
「モーグリはプルヴァマにヴィエラが来ても珍しがって騒いだりしないんだな。」「クポ?」
 そのモーグリは不思議そうにヴァンの顔を見上げて首をかしげた。
「どうして騒ぐクポ?モーグリ族も大昔はヴィエラ族と同じように深い緑の森に住んでたクポ。それが飛空艇を発明して、このプルヴァマにやってきたクポ。だったらヴィエラだってモーグリみたいに飛空艇で空を飛びたくなっても当たり前クポ。」
 そう言ってモーグリはクリクリした目でニッコリ笑った。
「モーグリは大抵手先が器用だけど、なかにはぶきっちょなモーグリだっているクポ。でもモーグリはモーグリクポ。飛空艇に乗るヴィエラだって、ヴィエラはヴィエラクポ?それに    
 店員モーグリは、ピョコンとこちらにお尻を向けると、カボチャみたいなズボンの下で丸いお尻をプリッと振った。
「モグのお尻だって、ぽっちゃりしててとってもキュートクポ。ヴィエラにだって全然負けてないクポ!」
「・・・そ、そうだな。」
 なんだか、騒ぎにならない最大の理由が分かった気がしたが、ともかく、これ以上騒ぎを心配する必要は無さそうだ。
 技術書なんて難しいものにはてんで興味のないヴァンは、    空賊を目指すなら飛空艇技術ぐらいは勉強しなきゃいけないのだろうが    色んな種族の客で賑わっている店内をぶらぶらと見回した。
「わからないことがあったら、恥ずかしがらずに何でも聞いて欲しいクポ!最初は知らなくて当たり前クポ~。」
 赤い服に青い耳に緑のボンボンという派手な身なりの店員モーグリが、小さな手に山ほどの巻物を抱えて忙しそうに2階へ階段を上がっていく。ヴァンが後について階段を上がろうとすると、
「申し訳ないクポー。この先はスタッフオンリーなんだクポー。」
 短い足でせわしそうに駆け上がる店員モーグリに制止されてしまった。
「・・・それにしても、ピリカのサボリぐせには困ったクポ・・・ペットに夢中になるにも程があるクポ!」
 確かに技屋には様々な客が集まっていた。技術書を吟味する帝国人やモーグリ達、旅の心得や地方の情報を求める不敵な面構えのバンガ族のモブ・ハンター、『必ずチャームが成功する!星座別相性判断』という怪しげな書物に食い入るように見入っているのはシーク族の若者だ。
 店の奥のカウンターの前には真っ白な服に真っ白なボンボンのモーグリが座っている。パンダみたいな斑モーグリの彼が店主のクリオなのだろう。その頭上には大きな文字で『クリオ技店(政府非認定技商)』と看板が掛かっている。
「非認証・・・つまりモグリの店ってことか。」
「モグリじゃなくてモーグリの店クポ!」
 ヴァンの呟きを聞き逃さずに、カウンターのクリオがプリプリ怒った。
「政府の認証はなくても、うちで扱う技は折り紙付きクポ!」
「じゃあ、どんな技教えてくれるの?」
「えーっと・・・君みたいな素人さんには・・・」
 クリオはカウンターの後をごそごそやって、怪しげな巻物をビシッと差し出した。
「まずは『時間攻撃』!クポ。」
 クリオはピンクの鼻を自慢げにピクピクさせながら宣った。
「これは鉱山で地道に長い間コツコツ働いた者だけが会得できる秘伝の技クポ。じっくりじっくり時間をかけるほど強力なパワーが発揮できるクポ。」
「・・・なんか、面倒くさそうな技だな。」
「何言ってるクポ!毎日地道に当たり障り無く生きてくだけで使える超シンプルな技クポ!毎日毎日、手にマメが出来ても腰が痛くても、ボンボンに白髪が混じるまで地道に働いて、ふと我に返って自分の人生を振り返った時、『今までの時間を返せー!』って思っちゃうくらい、長い時間をかけるのがコツなのクポ。」「・・・やだよ、そんな技・・・」
「この秘伝のお値段は、お買い得特価の2,000ギルクポ!」「高ぇっ!!」
 ならばとクリオは次の巻物を取り出した。
「じゃあ、みんなが欲しがる『密猟』の技はどうクポ?大きな声じゃ言えないけど、見つかると物凄~く怒られる秘密の品のゲットの仕方が満載クポ!」
(大きな声で売ってるだろ・・・)
「品物を内緒でさばいてくれるヤバい商人さん達のアドレスも掲載、これさえあれば、がっぽりギルが儲かるクポ~!・・・ただし、見つかってナルビナ送りになっても当店は知らないクポ!自己責任クポ!」
 何だかノリノリなクリオを前にして、ヴァンはただただ唖然としていた。
(この店、政府非認証なのは仕方ないんじゃ・・・)
「このマル秘の技が大サービスで、たったの7,000ギ・・・」
「ヴァン!行くぞ!」
 割り込んだ声に振り向くと、バルフレアとバッシュが店に戻っていた。いつの間にかラモンとフランも集まっている。
「急げ!密猟のやり方なら俺が教えてやる。」
 バルフレアはそう言うと、ヴァンの返事も待たずに駆けだした。
「むっ、そんなの営業妨害クポ~!」
 カウンターの上でぷいぷい怒っているクリオを尻目に、ヴァン達は再びビュエルバの街へ飛び出した。







「魔石鉱へのルートは塞がってない。遠回りだが間違いなくこの先から行ける。坑道入り口も採掘用心棒が2,3人うろついているだけだ。」
 ヴァンとラモンが駆け足になりそうな程の速い足取りで、バルフレア達は路地を歩いていく。その足音に居住区の路地で昼寝をしていたモーグリ達が何事かと瞼を上げる。
 バッシュが厳しい表情でヴァンに言った。
「技屋の表で目つきの悪いバンガ達がうろうろしているのを見かけた者がいる。」
「パンネロは?」
「分からん。一緒ではなかったようだ。」
「畜生・・・」
 ヴァンは唇を噛んだ。
「随分時間を無駄にしたからな、急ぐぞ。」
「あの・・・」
 同行者達の様子が厳しくなったことに、ラモンは戸惑いの表情でヴァン達を見上げた。
 その時、
「あっ!」
「クポー!」
 ラモンは道の真ん中でキョロキョロしていたモーグリとぶつかった。
「大丈夫ですか!?」
 ペタンと転んだモーグリに慌てて駆け寄ったラモンだったが、起き上がった青い服のモーグリはラモンのことは心にない様子で、溜息混じりにつぶやいた。
「僕のカーボ、どこに行っちゃったクポ・・・」
「・・・誰かを捜してるんですか?」
「僕がこっそり買ってたタイタスがいなくなったクポ・・・」
 そう言うと、モーグリは黄色いボンボンと一緒にションボリとうな垂れた。
「タイタスって?」
 ヴァンが聞くと、フランが答えた。
「陸亀よ。成長するのに数千年かかると言われているわ。」「モグのカーボはまだ子供クポ~。」
 ラモンはそのモーグリの服の泥を払うと、心底気の毒そうに眉を曇らせて言った。
「あいにく、僕達は急ぎの用の途中なので一緒に探すわけにはいきませんが、気にかけるようにしましょう。    そうだ、ビュエルバガイドの皆さんに聞いてみたらどうでしょう?街中にいらっしゃるので、見かけた人がいるかもしれません。ほら、あそこにもいますよ!」
 そう言って、ラモンはすぐ近くの三叉路に立っているビュエルバガイドを指さした。
「それはいい考えクポ!ありがとうクポ!」
 少し元気を取り戻してガイドの方へ走っていくモーグリと、それを嬉しそうに見送るラモンを見て、ヴァンも何だか笑顔になった。素直で礼儀正しくて、高慢ちきな帝国の金持ちよりずっとイイ奴だ。
「そっちじゃない、こっちだ。」
 突き当たりの三叉路を右に曲がろうとしたヴァンに、左の道からバルフレアの声が飛ぶ。
「ちぇっ・・・塀と曲がり角だらけで分かりにくいのが悪いんだよ!」
 決まり悪く言い訳するヴァンに、ラモンが言った。
「ビュエルバは高地特有の強風を避けるために路地が高い塀に囲まれているんです。侯爵邸前をのぞいて総て通りが総て三叉路で出来ているのも、強風が塀に突き当たって弱まるようにするための、ビュエルバ独自の工夫なんですよ。」
「え?この街の交差点って全部三叉路だったけ?」
 全然気付かなかったヴァンは、今さらのように感心しながら入り組んだ採掘作業員居住区の路地を見回した。
「あ、旅の皆さん!ルース魔石鉱なら採掘停止中ですよ!」
 ここでも曲がり角という曲がり角にいるビュエルバガイドが、頼みもしないのに案内の声をかけてくれる。
「観光なら無理だと思いますよ!今、帝国のお偉いさんが来てるんです!」
 そうは言われても行かないわけにはいかないヴァン達である。ガイドの声もほっといて、突き当たりの三叉路を北へと曲がった。
「・・・それにしても、ビュエルバって本当にあちこちにガイドがいるんだな。どこにいたって必ず1人は目に付くところにガイドがいるって感じだ。店の中にまでいるんだぜ。」
 歩きながらヴァンは言った。
「これを全部ビュエルバ政府がタダでやってるんだろ?ずいぶん太っ腹だよな。」
 北に向かうに連れ、正面の緑の丘が徐々に近づいてきた。石造りの坂道もだんだん昇りがきつくなってくる。強い日差しの下で、ヴァン額はうっすらと汗ばんできた。
「そういえばビュエルバって、ガイドだけじゃなくて、何かにつけて『政府の認可』を売りにするんだな。帝国兵の言い訳もそうだし、どの店も『政府認証』を宣伝文句みたいにアピールしてさ。・・・まあ、中には変わった店もあったけど・・・」
「政府の御意向に沿ってさえいれば安心ってか?気に入らないな。・・・どこか国とそっくりだ。」
 バルフレアは酷く辛辣な言い方をしたが、
「それだけ市民達のビュエルバ政府への信頼が篤いということだ。」
 そう言ったバッシュの言葉は、ヴァンの胸には重く響いた。その言葉が言外に意味するものは、ヴァンにも分かっていた。彼が今ここに存在している事自体が、その信頼と大きく矛盾することなのだから。
 ただラモン1人が、バッシュの言葉に無邪気に頷いた。
「為政者は領地の安全と秩序に気を配るのが務めです。ビュエルバ政府は住民への目配りが行き届いている。素晴らしいと思います。」
 ラモンはそう言って空中都市の上の空を見上げた。高い塀と木立の間からオンドール侯爵邸の尖塔と巨大な魔石の翼が見えていた。
「ここからでも見えるのか・・・」
 ヴァンも青空の下で輝く透き通った巨大な翼を見上げた。
「侯爵邸の塔と魔石はビュエルバ中から見えるわ。」フランが細く長い指を日差しに翳しながら言った。
「逆に言えば、侯爵邸からはビュエルバ中が見えるということね。」
「文字通り、侯爵はビュエルバ中に目を光らせてるってわけだ。」
 バルフレアは皮肉に笑ってバッシュの方を見た。
「そのビュエルバ近郊に大集結して侯爵に目を光らせているのが、帝国最強の第8艦隊ってわけだ。    あんたには聞きたくもない名だろうがな。」
 バッシュはその言葉には答えず、空に伸びる優雅な翼と塔をじっと見つめていたが、そのまま何も言わずに、再び魔石鉱へ向かって足を速めた。


 坂を駆け上がると、急にさぁーっと風が吹き抜けてヴァンの頬を打った。
 緑の梢がザ風に揺れる音が、ザワザワと石畳に反響する。
 目の前に開けた、そのだだっ広い石畳の広場は、丘を巨大な手で半分削り取った跡のように、周りよりずっと低くなっていて、その周りを緑の大樹に縁取られた崖が、半円形に取り巻いている。
 その崖の底から、半ば断崖と一体となって、まるで苔むした古代の神殿のようにも見える巨大な建造物が聳えていた。
「着いたぜ    
 バルフレアが言った。

    ルース魔石鉱だ。」
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