Chap.6-9 The Dreadnought Leviathan-戦艦リヴァイアサン(1)- [Chapter6 再会]
「こいつはここでいい?」「ああ、あと1人 」
鎖と革紐で縛り上げた帝国兵達を次々に物陰に転がす。プラットホームを吹き抜ける風と差し込む外光に目を細めると、逆光で薄暗い飛空艇発着ポートにウォースラの太い声が響いた。
「装備はここだ!急げ!」
取り戻した装備を手早く着ける一同を、帝国軍の甲冑姿のウォースラが見つめる。苦々しさを隠しきれないその眼差しは、とりわけ、どこから見ても素人然としたヴァンに向かうと厳しくなった。
「バッシュ 」
ウォースラは尋ねるというより、異議申立てをするように振り返った。彼もヴァンとは初対面ではない。だが、己の装備に宝物でも見つけたように目を輝かせる少年の無邪気さが、この2年間常に戦いの中に身を置いてきた彼の目には苛立たしいものにしか映らないのは当然と言えた。
「・・・足手まといが関の山だぞ。」
ウォースラはバッシュに向かって低く言い捨てると、他の者も待たずにハッチへ向かって歩き出した。
「何度も確認している暇はない。今見て覚えろ。」(無茶言うな。)
驚くほど明るい艦内通路にヴァンが思わず開いた口を閉じる間もなく、ウォースラが1枚の紙を拡げて見せた。
「艦内図か、侯爵も手回しがいい。」
それは、この戦艦リヴァイアサンの艦内図だった。複数の階層が示されているが、それでも艦体全部を網羅はしていない。船首方向の3分の1、いや4分の1程度か。迷路のように入り組んだ通路と簡単な区画だけが印されたごく単純なものだ。それでもこれを手に入れるのは侯爵にも並大抵のことではなかっただろう。
「パンネロはどこ?」
ヴァンの声には答えずに、ウォースラは言った。
「今いる場所が左翼発着ポート・・・アーシェ殿下はここだ。」
手甲の指先は発着ポートからかなり船尾方向にある一つの区画を指さしていた。小さな文字で「第一営倉」と読める。
「残念だが営倉の鍵は手に入らなかった。警備の兵士から奪うしかない。」
「王家の証を差し出しても案内先は営倉か。大した歓待振りだ。」
バルフレアは皮肉に笑ったが、ウォースラは若い空賊の軽口は完全に無視した。ヴァンにしても、とても笑う気にはなれなかった。どんなに尤もらしいことを言ったって、帝国の本音はこうだ。どこまでも、どこまでも、ダルマスカのことを馬鹿にして 。
ヴァンは唇を噛んで立ち上がった。
「目的地が分かってんのなら、早く行こうぜ!」「ちょっと待て。」
今にも駆け出そうとするヴァンをウォースラの鋭い声が止めた。
「出発の前に言っておくことがある。」
振り向くと、ウォースラの目が周りを見るように促した。ヴァンも改めて迷路のような通路を見回した。
艦内図によると、今いる場所は「中層西ブロック」という区画の端に当たるはずだった。艦内通路は幅こそはさほどなかったが、高いアーチ型の天井から柔らかな白い光が射して戦艦の中とは思えないほど明るい。高級将校が乗艦するだけあって床にも壁にも凝った意匠が施され、軍用艦の実用一辺倒なイメージとはかけ離れている。
その通路は、ヴァン達の目の前で船尾の方向に向かって三つに分かれていた。その一番右手に当たる通路に、何か赤く光る幾つもの糸のような筋が見える。
ウォースラは言った。
「通路に赤いアミみたいなものが見えるだろう。あれは侵入者の探知装置だ。あれにふれると艦内に警報が発令され、帝国兵達が集まってくる。」
ヴァンはその探知装置の赤い光をマジマジと見た。通路の上下左右あちこちから赤い糸のような光が張り巡らされている。触れずに通り抜けるのは、たとえ猫でも無理そうだった。
「時間がたてば警報は解除されるが、騒ぎなど起こらんに越したことはない。いいか、気をつけるんだぞ。」
「うん。」
神妙に頷いたヴァンが気を取り直して別の通路へ進もうとした、その時だった。
「貴様らっ!?」
いきなり怒声と共に甲冑の鳴る金属音が響いた。
「さっそくおいでなさったぜ。」
バルフレアが銃を手にする間もなく、目の前に帝国兵が現れた。二人だ。一瞬狼狽える兵士達の機先を制してバッシュが素早く飛び込む。重い剣が火花を散らし破鐘のような大音声をあげる。次の瞬間、鋼の唸る音と共に帝国兵の手から白刃が弾け飛び、バッシュの剣一閃、黒い甲冑は声も立てずに横たわった。
「腕はなまっていないようだな、バッシュ!」
「いつから心にもないことを言うようになった?」(お前よりLvが3も低いんだぞ。)
「お前に世辞が通じるか!」
ウォースラの大剣が唸りをあげてもう一つの甲冑を一撃で壁に叩きつける。
「ぐぁっ!」
潰れた蟹よろしく壁に紅の染みを描いて崩れる兵士の骸を、ダルマスカの2人の勇将は悠然と越えていく。
(強ぇ~・・・・)
驚きと恐れと憧憬がない交ぜになった戦慄に目を輝かせながら、ヴァンは2人の背中を追った。
その時、
「ガウッッ!」
「うわっ!」
帝国兵の骸の陰から黒っぽい塊が弾丸のように飛び出した。当て身をくらったヴァンが体勢を崩すと同時に背後で銃声が響く。銃弾が跳ねると同時に素早く跳び退ったそれは、振り向きざまヴァンに向かって激しく牙を剥いた。
「グルルルッ・・・!!」
「犬?」
「訓練された軍用犬だ。お前よりよほどの”プロ”だからな、甘く見るなよ。」
後ろから飛んだバルフレアの声にヴァンが返事をする間もなく、子牛ほどもある大きな犬は再び真っ赤な口を開けて飛びかかってきた。
「 プロテス!!」
フランの魔法がヴァンを包んだ瞬間、ヴァンは突っ込んでくる鼻面に思い切り盾を突きだした。
「ヒャンッ!」
柔らかい鼻面を殴られて犬は思わず悲鳴をあげる。だがしぶとくヴァンの左腕に爪を立ててしがみつくと、ナイフのような鋭い牙で噛みついた。
「畜生!」
ヴァンは腕を振ったが犬の顎はガッチリと閉じて離れない。
鋭い鉤爪と牙が盾の下に着けたアームガードをガリガリと引っ掻く。装備は充実させとくもんだと思うより先に、右手の短剣を逆手に持ち替えると、ヴァンは思い切り相手の喉笛を切り払った。
「キャ ンッ!!」
軍用犬は銃声より鋭い悲痛な声をあげると、もんどり打って二人の帝国兵に折り重なった。
「ヴァン、大丈夫か?!」
「うん。」
駆け戻ってきたバッシュとウォースラに向かって、ヴァンはケロリとして答えた。
「これが本当の”帝国の犬”って奴だな。」
「・・・・。」
見通しの利かない通路を5人は慎重に進んだ。さっきの騒ぎに続く兵士は現れない。ほっとすると同時に拍子抜けした気分で、ヴァンは先導するフランに続いた。
フランは長い耳をピンと立てて、探知装置の赤いネットが無い通路も慎重に歩を運ぶ。兎のように鋭い耳が時折電気が走ったように鋭く動くのを見ると、どこかに帝国兵の足音を感じているのかもしれない。
ヴァンも一生懸命耳を済ましてみたが、皆の足音とウォースラが着る帝国兵の甲冑が擦れる音以外、音らしい音は聞こえない。ほとんど揺れることもない艦内は深夜のように静まりかえっていて、その静けさは戦艦の中というより、以前忍び込んだラバナスタ王宮の人気のない回廊を思い出させた。
いっそ一気に営倉まで走り抜けてしまえばいい。
ヴァンはじりじりする思いで短剣を持つ手に力を入れた。
それに目を落として、傍らを行くバッシュが言った。
「すまない。パンネロのことは後回しにしてばかりだな。」
「いいよ。別に謝らなくても。」
ヴァンはぶっきらぼうに答えた。
「きっとパンネロはラモン・・・じゃなくて、ラーサーと一緒にいるから大丈夫だよ。・・・あいつは女の子は大切にするんだろ? な、フラン?」
ヴァンはわざとフランに向かって笑ってみせた。振り返ったフランも静かな微笑を返してくれた。
(そうでも思わなきゃ、やってられないじゃないか。)
文句を言ったところで、1人ではどうすることもできない己の非力さを思い知らされるだけだ。それに自分だってアーシェ王女の救出が大事なことぐらい分かってる。いや、彼女が誰であろうと、早く助けなきゃと思ってきたのだ。
・・・なのに、彼女のことを思うたびに酷く苛立ちを感じずにはいられないのは何故なのだろう。
「・・・・っと!」
急に止まったフランにぶつかりそうになって、ヴァンは前を覗き込んだ。通路を曲がったすぐ先に、あの真っ赤な光のアミが張り巡らされている。
「こっちもか・・・」
「戻るぞ。」
ウォースラの声に大人達はあっさり踵を返したが、
「ちょっと待った!」
妙に弾んだヴァンの声に一同が振り返ると、ヴァンは探知装置のすぐ脇に置かれたコンテナの中を、ご馳走を見つけた小熊みたいに覗き込んでいた。置き忘れなのか置いてあるのか、口を開けたままのコンテナが装置の陰にひっそりと鎮座しているのだ。こういうモノを見つけることに関しては、ヴァンは誰よりも目聡い。
「ヘヘヘ・・・案外いいモノが入ってたりして。」
舌なめずりせんばかりに目を輝かせるヴァンの背中越しに、
「ったく、逞しいというか浅ましいというか・・・」
苦笑いしつつも、バルフレアが自らも興味ありげに覗き込んだ時
ビィ ッ!!ビィ ッ!!ビィ ッ!!
「な?!」
「えっ!?」
ビィ ッ!!ビィ ッ!!ビィ ッ!!
突然、耳をつんざく警報音が鳴り響き、通路の照明が真っ赤に切り替わった。
「何をしているんだ!!」
「お、俺じゃないよ!」
ウォースラの叱声に、ヴァンは慌てて手にしたフェニックスの尾をポケットにねじ込んだ。辺り一面真っ赤な光が包んで、警報と共に狂ったように激しく点滅す。
「俺は触ってないからな!バルフレアだろ!?」
「俺がそんなドジ踏むってのか?」
「でも俺は・・・!!」
ビィ ッ!!ビィ ッ!!ビィ ッ!!
「何事だ!?」
「そこにいるのは誰だッ!?」
「やべっ!見つかった!!」
警報が鳴り出した途端、あっという間に帝国兵の黒い甲冑が集まってくる。奥から2人、3人・・・右手から1人、2人・・・。コンテナを蹴飛ばして身を翻すヴァンの耳元で銃士の放つ銃弾が弾ける。激しく切り結んだバッシュが弾道を塞ぐように剣士の群れを押し返すと、ウォースラの大剣が群がる剣士をなぎ払う。もんどり打って倒れる兵士の背後で呪文を紡ぐ魔道士が喉笛を射貫かれてのけぞるところを、すかさずヴァンが体当たりを喰らわせて・・・・そそくさと懐を探る。「ちぇっ、またポーションか。」
渋い戦利品に舌打ちするヴァンの背後にぬっと黒い影が射す。「っ!」振り返った鼻先で帝国兵の振りかざす剣が警報に照らされて血のように輝く。
「うわぁっ!」
思わず目をつぶって闇雲に振り回したアサシンダガーの切っ先が剣士の脇を掠める。「ぐぁっ?!」
一瞬で骸と化した兵士は、振り上げた剣もそのままに糸の切れた傀儡のようにヴァンの前に倒れ込んだ。「あ・・・」手にした短剣が初めて発動した一撃死を目の当たりにして思わず足の止まるヴァンを、
「ぼやぼやするな!」
バルフレアが通路の脇に引きずり込む。
ビィ ッ!!ビィ ッ!!ビィ ッ!!
「ここは手狭だ、場所を移すぞ!」
「こっちよ!」
右手の通路に血路を開いてバルフレアとフランが走り出す。「急いで!」
どっちを向いても同じような通路と点滅する赤い光に既に方向感覚が麻痺したヴァンは、言われるままに2人の背を追いかける。
ビィ ッ!!ビィ ッ!!ビィ ッ!!
「いたぞっ!こっちだ!」
しつこい黒蠅のように寄ってくる兵士達に向かって、敢えて帝国兵の甲冑を着たウォースラが前に出る。混乱した相手の剣が一瞬躊躇う。
「何だ貴様は?・・・あっ!・・・ぐわっ!!」
「行けっ!止まるなっ!」
加勢しようと立ち止まるヴァンを追い立てるようにウォースラが怒鳴る。先に行くバッシュも引っ張るように声をかける。
「すべて倒す必要は無い。無意味な闘いは避けても恥には・・・」「そんなこと考える暇なんかねえよ!」
ヴァンはバッシュに怒鳴り返した。
「向こうからどんどん集まってくるんだからさ!」
「お前が『呼び鈴』を鳴らしたからだろうが!」
「俺じゃないって!」
「だから足手まといだと言ったんだ!」「そんな言い方は・・・・」
「俺じゃないって言ってるだろ!!」
ビィ ッ!!ビィ ッ!!ビィ ッ!!
ビィ ッ!!ビィ ッ!!ビィ ッ!!
「うるせェ ッ!!」
「申しつけてくだされば、私達が致しましたのに。」
「いいえ、自分でやりたかったんです。ありがとうございます。」
パンネロは上品に微笑むラーサー付きの背の高い女官に笑顔を向けた。2人が手にした良い香りのするリネンと同じ香りが、パンネロのポケットの中のハンカチからも気持ちよく香っていた。
女官が歩を運ぶたびにすみれ色の長いドレスが衣擦れのサヤサヤという音を立てる。並んで歩くパンネロにはそれは不思議な光景に映った。たおやかな女官と巨大な軍艦、まるでそぐわない取り合わせだ。それでも皇子の旅ともなれば常にこういう優雅な侍女達が付き従うものなのだろうか。
(それとも・・・)と、パンネロは控室の前で待っていた丸い顔をした女官に手にしたリネンを渡しながら思った。あのギースというジャッジマスターから見れば、ラーサーはまだ『ナニー』が必要な幼い子供ということなのかもしれない。
2人の女官達がそのまま控室へと入っていくと、パンネロは1人ラーサーのいる部屋へ戻るため、半透明のドアの前に立った。
ノックをしようと右手を挙げかけた時、音もなくドアは開いた。すっかり忘れていたがここは自動ドアだったのだ .
「っ?!」
「あ、ごめんなさい!」
反射的にパンネロはそう言って後じさった。ドアが再びパンネロの前で閉じた。
部屋の中にはラーサーと1人の女官の姿があった。その2人がハッとしてこちらに向けた一瞬の表情がパンネロにそう言わせたのだった。2人が向けた厳しい表情は、無礼という範疇を超えて、ここが敵国の軍艦内であることを思い知らせる何ものかがあった。
だが、ドアはすぐに開いた。
ラーサー自らがパンネロを招き入れた。
「いいんです、パンネロさん。入ってください。」「殿下!」
中の女官は押し殺した声は必死とも思える色を帯びていた。だが、ラーサーはその制止に構わずパンネロをデスクの側に置かれたモニターへと誘った。
「あなたも見てください。」
少年の口調は変わらず穏やかだったが、その表情は今までになく厳しく、パンネロは戸惑った。傍らの女官は槍のように背中を真っ直ぐにして突っ立って、尚も抗議するように鋭い目を自分に向けている。ゆったりとした結髪と優雅なドレスに身を包んでいても、なぜか彼女だけは黒い甲冑の帝国兵を思い出させた。
パンネロは恐る恐る近づくと、ラーサーが見つめるモニターへと目をやった。
「・・・あっ!」
パンネロは思わず息を飲んだ。
ごく音量を落としたスピーカーから、聞き覚えのあるジャッジマスターの声が流れてくる。
『・・・君達、いささか頭が高いのではないかな 』
ビィ ッ!!ビィ ッ!!ビィ ッ!!
「っと!」
急ブレーキをかけたヴァンの目の前にバラバラと帝国兵が走り寄ってくる。飛び込んだ先はガランと開けたホールのようになっていた。照明もない空間が一瞬真っ暗になる次の瞬間、激しく点滅する赤い光が、コンテナ搬入路の巨大なシャッターと帝国兵の黒い甲冑を異形の悪鬼のように浮かび上がらせる。
「いたぞっ!」
「侵入者だ!討ち取れ!!」
「まだ来るのかよ!」
ヴァンの悲鳴を押しやるように、赤い瞬きを縫ってフランのプロテスを纏った2人の剣士が突進する。剣戟の狭間を銃弾が貫く。繰り出される相手の剣をかいくぐり、隙あらば懐を狙うヴァン目の前に、一際重装備の兵士が立ちはだかった。
「うぉりゃっ!」
「うわっ!!」
装備の重さに任せた体当たりにヴァンがたまらず吹っ飛ぶと、背中から叩きつけられたシャッターが雷のような音を立てる。「ゲホッ!!」
咳き込んでへたり込んだヴァンをバッシュが背中に庇う。
「大丈夫か?ヴァン!・・・立てるか?」
「畜生・・・!」
ヴァンは血の味のする唾を吐いて立ち上がると、バッシュを振り払うようにして重装兵に真っ正面から突進した。磨き上げられた床を蹴って足から滑るように飛び込むと、兵士の脛当てを思い切り蹴飛ばした。
「おわっ!!」
足を取られてまともに転んだ兵士をしがみつくように押さえ込む。剣を握った相手の拳を短剣の束で殴って殴って叩き潰す。零れた剣がガラガラと床の上を滑る。苦し紛れに突き上げた兵士の膝がヴァンの鳩尾を抉る。
「うぐっ!・・・」
甲冑の上で大きく弾んだヴァンの体を突き飛ばして重曹兵が体を起こす。左の手が己の剣を探り当てる。甲冑の下で勝ち誇った声がうなる。「 小僧ッ!!」「ッ!!」
喘ぎながら左手のバックラーを翳すヴァンに、
「ぐぁっ!!」
重曹兵は突然木偶人形のように四肢を伸ばして倒れ込んだ。ウォースラの大剣に背中を割られた骸の下から、ヴァンは安堵と吐き気を同時に覚えながら立ち上がった。
ビィ ッ!!ビィ ッ!!ビィ ッ!!
ビィ ッ!!ビィ ッ!!ビィ・・・・・
「・・・あ、止まった。」
その場の敵兵達を全員斬り伏せたのと警報装置が静まったのは、ほぼ同時だった。
「やっと静かになったな。」
「あ~びっくりした。急に警報が鳴り出すんだもんなー。」
ほっと息をつくと、さすがに息が上がっている自分に気付いて、ヴァンは帝国兵からくすねたポーションを口に運んだ。瓶を握った手はまだ震えていた。
甘い液体が喉をくだると体当たりを食って疼いた下腹がすうっと軽くなる。青い瓶越しに辺りに目を遣ると、再び薄暗く静まりかえったホールで、バルフレアとフランが抜け目なく倒れた兵士達の懐を探っている。
「ヴァン、面白いもんがあるぜ。」
バルフレアが投げてよこしたのは、鏡の欠片を集めたようにキラキラ輝く小さな石だった。
「何これ?」
「『リフレガの魔片』・・・魔石の一種だ。一度使うとお終いだが、攻撃も回復も魔法なら何でも一定時間反射する効果がある。」
「ふぅーん・・・」
ろくに魔法も使えないヴァンには、そんな効果が便利なのか不便なのかさっぱり分からなかった。どう使ったものか上手く想像できないまま、とりあえず魔片をポケットに放り込んだ。
「何か他にもいいお宝が手にはいるかな?帝国兵の奴、ポーションばっかりでろくな物持ってないけどさ。」
「さあな、自分で確かめろ。」
誘うようなバルフレアの笑みにヴァンも笑顔を返した。
「ヘヘ・・・またどこかに凄い剣とかアイテムが置きっぱなしになってればいいのにな。」
だが、
「いい加減しろ!」
ウォースラの厳しい声がヴァンに頭から冷や水をぶちまけた。
「探知装置に気をつけろ、と言ったはずだ。それくらいのことも理解できない奴は今すぐ降りろ!」
「あれは俺じゃ・・・!」
ヴァンがムッとして振り返ると、その背の大剣同様、重く鋭いウォースラの視線は真っ直ぐにヴァン1人に向けられていた。
「・・・なんだよ?」
ヴァンは口をへの字に引き結ぶと、ダルマスカの将軍の前にツカツカと歩み寄った。
「俺が足手まといだっていうのかよ?」
ヴァンより頭一つほども大柄なウォースラは、ヴァンをまともに上から睨み据えて言った。
「ああ。冒険者気取りの浮かれた子供にコソドロ根性で付いてこられるのは迷惑だ。」
「なっ!・・・」
ヴァンは口を開いたまま言葉に詰まった。ウォースラの言葉を脊髄反射で否定できるほど、ヴァンは子供ではなかったのだ。
だが、ヴァンの無言を拗ねたと受け取ったのか、ウォースラはいっそう歯痒げにヴァンの顔を睨み付けた。
「お前もダルマスカの民なら、祖国の自由のために戦おうという気概は無いのか!?お前の兄は 」
「よせ、ウォースラ!」
だが、庇うバッシュの声は余計にヴァンを苛立たせた。「俺は空賊だぞ!」
ヴァンは思わず怒鳴っていた。
「後から割り込んだくせに、勝手に仕切って偉そうなこと言うな!」
「何だと?!」
ウォースラの大きな手がヴァンの胸ぐらを掴んだ。その大きな男に向かってヴァンは叫んだ。
「あんた達の都合なんか、俺には関係ないんだ!!」
ヴァンはウォースラに殴られると思った。顔を背けて歯を食いしばった。
だが、彼は殴りはしなかった。ただじっとヴァンの横顔を睨み付けると、突き飛ばすようにバルフレアとフランの前に放り出した。
「ならば、コソドロ同志で勝手にするがいい。・・・行くぞ。」
それだけ言ってウォースラは歩き出した。
「・・・だとさ。」
「この子いつから空賊になったの?」「さあ。」
バルフレアとフランも足元の少年に呆れた声を残しただけで、さっさと歩いていく。
残されたヴァンは床に座り込んだまま、顔を顰めて鼻をすすった。
いつものことさ。
ヴァンは思った。
掏摸がバレて捕まった時も、兄さんを罵る連中と喧嘩になった時も、解放軍への誘いを断ってやった時も、散々説教されたら最後はこうやってゴミみたいに放り出されてお終いだ。大人達は「どうしようもない子供」に苦々しい呆れ顔をして去っていく。
『お前もダルマスカの民なら、祖国の自由のために戦おうという気概は無いのか!?』
そう言った誇り高いウォースラの声は、怒りよりもむしろ苦しさを湛えていた。
(・・・あるよ。俺にだって・・・)
『ダルマスカのものを取り戻すんだ。・・・俺たちダルマスカ人の手に。』
そうパンネロに言って、自分は王宮を目指したのだ。例え小さな宝探しの冒険のつもりだったとしても、目指したおたからはヴァンにとって『ダルマスカの自由の欠片』に違いなかった。
(あいつも、『ダルマスカのもの』なんだよな・・・)
ヴァンの目に、1人営倉に閉じこめられている少女の姿が浮かんだ。悲しみと怒りに青ざめたその顔に、白いヴェールの下で輝いていたあの日の笑顔が重なった。
(俺達のダルマスカのものなんだよな・・・)
「ヴァン、行こう。」
顔を上げるとバッシュが手を差し伸べていた。
「触れたのは近づいてきた敵兵だろう。気にすることはない。」
その静かな声は暖かだった。だが、ヴァンはその手を押しのけるようにして立ち上がった。
「2年前 」
ヴァンは言った。
「レックス兄さんはあんたの足手まといになったか?」
ウォースラが足を止めた。
2人の空賊がゆっくりと振り返った。
バッシュは己を見つめる少年の瞳を真っ直ぐに見た。そして、深みのある声がゆっくりと答えた。
「いいや。決してそんなことはなかった。」
それを聞いたヴァンの頬に仄かな笑みが浮かんで、消えた。
「だったら俺も絶対に足手まといにはならない。 必ずあんたを王女様のところへ連れて行く。」
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