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Chap.6-6 The underground  -地下組織-   [Chapter6 再会]

 捻り上げられた腕が闇のなかで悲鳴をあげる。背中をどやしつけられて足を前に運ぶと、歪んだ床が軋み声をあげる。突然足元の床が無くなって膝から崩れるヴァンを、大きな拳が引きずって更に階段の下へと突き飛ばす。もつれるように足を運んで、転げ落ちる寸前で踏ん張ると、
       薄暗い黄色い光が目の中に飛び込んできた。


 饐えた酒と籠った埃の臭いがヴァンの鼻をついた。
 ぼんやりとした灯りは、色あせてヒビの入った大きな市松模様の床を照らしている。ガランとした窓のないその部屋の壁際には古いカードテーブルがゴタゴタと寄せられていて、そこがかつて金持ち相手の地下賭博室だったことを物語っている。正面には一際大きなテーブルが・・・
「うわっ!」
 ヴァンの背中を、こわもてバンガの黒い腕が安酒の樽でも放り出すように突き飛ばした。
「連れて来たぜ、ハバーロ。コイツが将軍だとよ。」
 正面のカジノテーブルにしこたまぶつかったヴァンが顔をあげると、テーブルの向こう側に腰を降ろした一人の男の鋭い目とぶつかった。
 引き締まった体躯、日に焼けた肌、厳しい眼差し、・・・そして、街で何度となく目にした青い服。

 『ガイド達のリーダーはハバーロっていうの     

 浮雲通りで聞いた黄色い声が蘇った。そして、その声の主を嘲笑するかのように、男のがっしりとした肩には細い女の指が伸びていた。メリサだった。
 メリサは、その豊かな肢体を男の体にぴったりと寄せてこちらを見ていた。朦朧とした灯りの下で、彼女の黒い瞳と長い睫毛が艶かしく光っている。
 二人から目を離せずにゴクリと唾を飲んだヴァンは、その時やっと、二人の周りの暗がりの中に他にも人がいることに気がついた。10人ほどはいるだろうか。ガイドの青い制服に酒場の店員、テーブルで見かけた酔客・・・ついさっきまでクダをまいていたはずが、今は一人残らず引き絞られた矢のように鋭い視線をヴァンに向けている。
 反帝国組織のアジト・・・まさにそれが、ここ浮雲亭だったのだ。
「ふん、似ても似つかんなあ。」
 半分影に沈んだテーブルの向こうでハバーロが言った。嘲笑の混じったその声からすると、歳は30前後だろうか。
「けっ!やっぱり別人か。たちの悪いイタズラしやがって!」
「ただのイタズラならいいが、そこらのガキがローゼンバーグ将軍を名乗るとは思えん。」
 ビュエルバガイドのリーダーは、目の前の少年を見据えたまま言った。
「しめ上げて背後関係を吐かせろ。」
 乾いた砂のようなその声は言った。
「最近、帝国の犬がかぎまわってるからな。」

     あんたらの組織と侯爵の関係かい?」

「?!」
 突然闇の中で響いた声に、その場の空気が凍り付いた。ヴァンの首根っこを捕まえたバンガが振り返った。「誰だッ!」
「・・・街のガイドを隠れ蓑に諜報活動か。」
 灯りの下に悠然と現れたバルフレアは、ろくにヴァンの方も見もせずに、雑然と置かれたカードテーブルと酒棚へ目をやった。耳のピアスが小馬鹿にしたようにキラリと光った。
「酒場の奥がアジトとは、また古典的だねえ。」
「なんだと?てめえ     」「待て!」
 いきり立つバンガをハバーロの鋭い声が制した。
 ガイドリーダーは、突然現れた若い男の更に背後の薄闇へと目を据えていた。そこで動いた2つの影の一方が、ゆっくりと姿を現した。「あんたは     
 ハバーロの声が、初めて驚愕に掠れた。

「本当に生きていたのか    



 空に向かって広く開いた窓から涼やかな微風が緑の香りを運んでくる。青い空を渡る小鳥が囀りながら遠くビュエルバの街並みへ向かって飛んでいく。
 空の中の浮き船のようなオンドール侯爵亭の貴賓室は、静かな明るい光に満ちていた。その石造りの部屋を取り巻く小さな水路には、澄んだ水が日差しを映してキラキラと輝き、穏やかな水音は分厚いオレンジ色のカーペットに静かに吸い込まれていく。広い部屋の奥には黒く輝くどっしりとしたデスクが置かれていて、不釣り合いなほど小柄な少年が、静かにペンを走らせている。

 部屋の真ん中に置かれた豪奢な山吹色のソファの片隅で、パンネロはぎこちなく背筋を伸ばした。揃えた膝の上に置いた両手から目を上げると、大きなデスクの向こうの少年に言った。
「ヴァンは元気なんですね?」
 彼女の唇には堅い蕾が綻ぶような安堵の色が浮かんでいたが、拭うことの出来ない不安と恐れが、その声を震わせた。「帝国に連行されたからもう     
「すぐに会えますよ。」
 ラーサーは書き物をする手を止めることなく、落ち着いた明るい声をかけた。
「それまでは僕があなたをお守りします。」
「そんな。」
 パンネロは睫毛を伏せた。自分より幼い、そして何故か自分の名前を知っていたこの少年に、自分はいったいどう接するべきなのか、この豪奢な侯爵亭の中で自分は今どういう立場にあるのか、パンネロにはまだはっきりと分からなかった。分からないまま、周りの大人達が、そしてこの少年が、どんどん自分を押し流していく・・・・
「それにしても     
 ラーサーはペンを置くと、その利発な顔をパンネロの方へ向けた。
「ラバナスタの帝国軍はやり過ぎのようですね。僕から執政官に話しておきます。」
「え?」
 戸惑うパンネロに、ラーサーは大人びた微笑を返して立ち上がった。
「ヴェイン・ソリドールは僕の兄です。」
 ラーサーは大きなデスクを廻ってパンネロの方に堂々とした足取りで歩みよりながら言った。
「執政官の仕事はダルマスカの安定を守ること。そして、兄はどんな仕事もできる人です。」
 少年のその言葉は、彼の物腰と動揺に、揺るぎない誇りに満ちていた。
「今はうまくいっていないかもしれませんが     ラバナスタの暮らしはきっとよくなります。」
 ラーサーはそう言って、ソファの後ろに広く開いた窓の外へ目を遣った。遙か砂漠の向こうのラバナスタを見る少年の黒い瞳は、そこに映る青い空のように澄んで輝いている。少し浅黒い肌はまだ子供らしく滑らかに輝いて、まっすぐに前を見る意志の強そうな横顔は、信頼と自信に輝いていた。
 幼き帝国の皇子は、パンネロに向かって安心させるように微笑んだ。
「大丈夫ですよ。兄は何でも出来る人ですから。」
「あの人     
 パンネロはラーサーの瞳から目をそらして俯いた。
「あの人     怖いんです。」
「え?」
 少年は驚いた表情でパンネロを見た。大人びた顔立ちに年相応の動揺が浮かぶのを見て、パンネロは急いでラーサーの方へ向き直った。
「すいません。お兄さんのことを。・・・でも、あの戦争で傷ついた人がたくさんいて     
 パンネロは少年から顔を背けた。
「・・・・私も孤児です。」

「帝国が怖いんですね。」
 ラーサーはまるで小さな騎士のようにパンネロの前に片膝をついた。まっすぐにパンネロの顔見上げると、少年は幼くも真剣な表情で言った。
「パンネロさん。ソリドール家の男子は人々の安寧のために尽くせと教えられて育ちます。」
 ゆっくりと、そしてはっきりとした言葉で、帝国の皇子はダルマスカの少女に向かって言った。
「あなたを守るのも僕の仕事のうちなんです。」
 パンネロは少年の黒い瞳を見つめて、ポツリと言った。
「信じて・・・・いいんでしょうか?」
 ラーサーは立ち上がりながら、まだほっそりとした手を自らの胸にしっかりと当てた。
「僕の名誉にかけて。」
 少年は微笑んだ。

「兄もわかってくれます。」





「いかにも裏がありそうだったが、まさか本物のご登場とはな。」

 ハバーロはカジノテーブルの向こう側に立つ男を見上げて唸った。影の中から姿を現したバッシュの姿は、ヴァンがどれだけふれ回った言葉よりも雄弁に彼に真実を告げ、ハバーロの言葉がその場の同士達へ否定しがたい真実を告げていた。唖然としたバンガの手からすり抜けたヴァンは、素早くバルフレアとフランの側に駆け寄ったが、取り囲んでいた連中にはもはや少年は眼中にもなく、対峙する二人の男達にただ釘付けになっていた。驚きと緊張で喘ぐような息が漏れる中に「まさか・・・」「だから、そう言ったろ・・・」という声が混じる。ダウンタウンでの一件は、まだ信じがたい噂としてしか伝わっていなかったのだろう。
 だが、もはや組織のリーダーが直々に認めたのだ。本物のバッシュ・フォン・ローゼンバーグが生きていたと。
「このことを侯爵が知ったら     
「さて、何と言うかな。」
 落ち着き払ったバッシュの声が答えた。
「直接会って聞いてみたい。」
 その声は、月の光を映した刃のように静かで、鋭かった。
 ハバーロはふうっと重い息を吐くと、背後の暗がりへ声をかけた。
「どうするんですかい?旦那     
 
 今度はヴァンが驚く番だった。取り巻き連中の更に後ろの物陰からひょろりと背の高い男が現れた。巧妙に気配を消していたその男は、ヒュムよりも明らかに長い首と小さなベージュ色の顔を持っていた。気難しそうな四角い顎は濃い顎髭が囲み、大きな耳にはピアスが光っている。
 高価そうな上衣に取り澄ましたような物腰。・・・思い出した。ルース魔石鉱で見かけたレベ族だ。オンドール侯爵に同行していた側近達の1人だ。
「いたしかたあるまいな。」
 苦々しげな声色も隠そうともせず、その男は言った。
「侯爵閣下がお会いになる。後ほど屋敷に参られよ。」
 レベ族の男はバッシュに向かってそう言うと、他の三人には目もくれずに悠然と酒場の地下室を出て行った。
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