Chap.6-3 I'm the General! -俺は将軍(2)- [Chapter6 再会]
「俺の名は、バッシュ・フォン・ローゼンバーグ!!」
ヴァンは威勢良く右手を掲げて高らかに宣言した。
「バッシュは生きているぞ!」
「・・・・。」
「・・・・。」
(あれ?・・・)
ヴァンは辺りをキョロキョロと見回した。採掘作業員居住区の坂を登った三叉路を行き交うビュエルバ市民は、ヴァンの声に驚くどころか、チラリと白けた視線を向けただけで足を止めもしない。
「ふん、ダルマスカの将軍がどうなろうと、知ったこっちゃないね。」
「ダルマスカの王様を殺した将軍のこと?その人、とっくに死んでるわよ。だってオンドール様がそう発表なさったんだもの。」
とりつく島もないほどに、ヴァンの将軍宣言は全く相手にされていない。当たり前と言えば当たり前なのだが、それでもヴァンは近くを歩いていた作業員らしきシークに尋ねてみた。
「・・・あんた達、驚かないのか?俺が、バッシュだぞ?」
まだ眠そうな顔をしたシークは、鬱陶しそうな黄色い目をヴァンに向けた。
「バッシュ?・・・ああ、ダルマスカ王を殺した野郎のことか。本当に生きてるなら、大事件じゃねえか。・・・・・まあ、本当ならだけどな!ガッハッハ!」
そう言ってシークは大きな三段腹を揺らしながら馬鹿にしたように笑いながら行ってしまった。
「ちぇっ!これじゃ噂が広まってくれないや。」
ヴァンはへの字に口を結んで手の甲で鼻をこすった。早いところビュエルバの反帝国組織の居場所を見つけなきゃいけないのに 。
(そうだ!どうせ捜すんなら・・・)
ヴァンは自分のナイスな思いつきにニンマリして辺りを見回した。路地を一つも行けば目当ての人はすぐに見つかった。
「なあ!そこのガイドの人!ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ 」
ヴァンは三叉路に立っているビュエルバガイドに駆け寄りながら手を振った。
「 反帝国組織のアジトってどこ?」
「反帝国組織のアジト?!」
ガイドは裏返った声を上げると、手に持ったガイドブックを危うく取り落としそうになった。唖然として目の前の少年を見つめたが、その顔が真夏の窓のように開けっ放しの笑顔を向けているのを見ると、珍しいものでも見るよう顔でキョロキョロと辺りを見回した。そして他に聞こえた者がいないらしいことを確認すると、取って付けたようなすました表情を再び顔に貼付けて答えた。
「反政府組織のアジトですか?・・・うーん、聞いたこと無いですね。すみません。」
「ちぇっ、ビュエルバガイドなら知ってるかと思ったのに。」
「そ、そう言われましても・・・。」
目を白黒させるガイドをあっさりほっといて、ヴァンはさっさと他の市民を捕まえると、片っ端から尋ねていた。
「なあ、あんた達は反帝国組織のアジトがどこにあるか知らないか?」
「!?・・・随分大胆なことを聞く小僧だな。・・・この街には帝国に抵抗する組織があるって話だけどさ。帝国の奴らが堂々と歩き回ってるのに、まともに活動できる訳がないよ。」
ヒュムの男は苦笑いして答える。
「反帝国組織?ビュエルバでは帝国の圧力が少ないから、そういうのは流行らないクポ。」
オレンジ色のボンボンのモーグリは、いともあっさりと答える。
「反帝国組織?ははは、ここはビュエルバだぜ?ダルマスカと違って帝国とは上手くやってるんだ。どこで聞いたか知らねえけど、そりゃガセネタだな。」
黒い鱗のバンガは鼻で笑って答える。
「そうなのか?俺、オンドール侯爵が反帝国組織を支援してるって聞いたんだけどなぁ。」
首をひねるヴァンを見ながら、バンガ達はコソコソ顔を見合わせた。
「・・・だからって堂々と聞くバカがどこにいるんだよ?」
「ここにいるクポ・・・」
苦笑を噛み殺しているモーグリ達の視線もまったく気にすることなく、ヴァンは気を取り直して当たりを見回した。
「しょうがないな。やっぱり地道にバッシュの噂をまき散らしてみるか。」
そう言うと、ヴァンは最初の方法に戻って大声を張り上げた。
「俺の名は、バッシュ・フォン・ローゼンバーグ!!バッシュは生きているぞ!」
舌っ足らずな声で叫びながら走っていく少年の後ろ姿を、ビュエルバ市民達は呆れ顔で見送った。
「おかしなことを言うクポ。ローゼンバーグ将軍はとっくに死んだクポ。あの子、無人島ででも暮らしてたクポ?」
「めったなことを口にしてると、あの小僧、夜道で後ろを心配することになるぜ。」
「ああ、浮雲通りで『侯爵が反帝国組織を支援してる』って叫んだ酔っぱらいは、次の日から姿を見かけなくなったしな。」
「モグは自分の足腰の方が心配クポ。この街は坂が多くてしんどいクポ!体力がないと出歩くのも苦労するクポ!・・・・・・老後が心配クポ。」
ヴァンが古びた路地を曲がって尖ったアーチをくぐると、下り坂の先から青空と一緒にビュエルバ警備兵の愛想の良い声が聞こえてきた。
「この先はビュエルバ名物カフ空中テラスです。トラヴィカ大通り近くのクス空中広場もなかなかですが、こっちの方がずーっとスリリングですよ!」
昨日は帝国兵が封鎖していた居住区の南東にあるカフ空中テラスは、今日は封鎖も解けて朝から市民や観光客で賑わっていた。ヴァンは人ごみを選ぶというより自分の好奇心のままにテラスへ足を向けた。
(わ、すげぇ・・・)
警備兵の言葉に嘘はなかった。下り坂を降りきった先の階段を降りた場所に拡がる空中テラスは、プルヴァマの縁から飛び出すように張り出した石造りの人工の広場だった。飛空艇を下に見るほどの高度に浮かんでいるというのに、驚いたことに所々は欄干すら無い。
「このカフ空中テラスで、ビュエルバ最高の絶景を御覧になってください。説明不要の美しさです!・・・・・だから僕たちガイドも仕事をサボれるんですよね。」
ビュエルバガイドが茶目っ気たっぷりに観光客に向かって笑っている。
「アルケイディアの奴ら、勝手に通行制限しやがってよ!皇子だか王子だか、とにかくガキが逃げたせいだろ?そのガキのケツをひっぱたいてやりたいぜ。」
黒いバンガが長い腕を振り回しながらまだ憤慨している。これを聞いたらラーサーはどんな顔をするのだろう。ヴァンはラーサーがバンガに抱えられて尻を叩かれている姿を想像して思わず笑ってしまった。
「昨日は帝国の奴らが誰かを捜し回ってたけどよ。あいつらこの一帯じゃ足がすくんでたぜ。ざまあねえや。」
青いシークが太い声で話しながら自慢げに太鼓腹を揺すっている。
そんな言葉を聞くと、ヴァンの胸には対抗心混じりの好奇心がムクムクと湧いてくる。噂を広めるも後回しで、人々が下を覗き込んでは悲鳴と歓声をあげている広場の先の空との境目へと足を向けた。
この空中都市が雲より高い場所にあることは、シュトラールの上から見て分かっているつもりだ。さすがに手ぶらで端に立つ気にはなれず、しっかりと欄干を両手で掴んで背伸びするように身を乗り出した。
拭き上げるような風が気持ちよくヴァンの金色の髪を揺らす。傍らには黄色いボンボンのモーグリが、大胆にも欄干の上にチョコンと腰掛けている。大きな耳と小さな羽根を風に揺らすモーグリは、まるで青い空に浮かんでいるように見える。
「悲しいことがあったら、ここに来て空を眺めるクポ。この大空をじっと見つめていると、モグの悩みのちっぽけさに気付くクポ・・・・・。」
そのモーグリの向こうでは、足の下をゆっくりと飛んでいく飛空艇をうっとりと見下ろしながら、ヒュムの男が誰にともなく幸せそうに呟いている。
「他国からの飛空艇はここの下を通って飛空艇ターミナルに向かうんです。僕の恋人も、もうすぐ飛空艇で帰ってくるんです。」
ヴァンも誘われるように目の前に拡がる果てしなく広い青い空を見た。白く輝く雲の向こうの空はやっぱり青くて、どこまで見てもその青色の先はやっぱり青色だった。果てのないイヴァリースの空の大きさに、どこか気が遠くなるような気持ちを感じながら振り返ると、青いパノラマは緑に包まれたプルヴァマ・ドルストニスの箱庭のような美しい景色へと繋がっていて、ヴァンはまた息を飲んだ。左手には風光る緑の木々を戴いた青黒い崖と岬が長く延び、繁る枝には朝露を載せた緑の葉がキラキラと輝いている。その青葉の間からは、真っ白な水しぶきを上げる大きな滝が流れ出し、遙か下の地上へと雨と霧となって落ちていく。
その絵のように美しい緑の丘の上には、空に溶けるように透きとおった魔石の翼に包まれた白亜のオンドール侯爵邸が、夢のお城のように美しい威容を見せていた。
(あそこにパンネロがいるんだ・・・)
そう思うと、素晴らしい景色に見とれるヴァンの気持ちがピリッと引き締まった。
そのヴァンの視線に目を止めたのか、近くにいたビュエルバ警備兵が声をかけた。
「帝国兵による通行制限は解除されたようですね。」
警備兵は難しい顔で侯爵邸を見上げて言った。
「あいつらが街をうろつくなんて納得できませんよ。それを認めたオンドール様のことも、理解できません。」
ヴァンはその言葉に少し驚いた。オンドール侯爵への批判をビュエルバ市民自身の口から聞くとは思わなかった。だが、そう言えるということが、ビュエルバには自由があるということなのだろう。
「侯爵が腹の底で何を考えているか、誰も知らないわ。だって昔からダルマスカ王家と親しかったのに、一昨年の戦争の時、帝国に協力したのよ。」
気の強そうなヒュムの女が、赤いバンガとヒュムの男を前にして話をしている。ヴァンは魔石鉱で見た典雅な物腰の白髪の男性を思い返すと、ふうっと息を吐いて、広場の人ごみに向かって怒鳴った。
「バッシュは生きているぞ!」
観光客の歓声が一瞬ピタリと止まった。
「オンドール侯の発表は嘘っぱちだ!」
広場を風だけが吹き抜けていく。・・・例えようもなく寒くて気不味い風が。
やがて木の葉がザワザワと風に鳴るのに誘われるように、人々もザワザワと話を始めた。
「・・・ほう、あなたがあのローゼンバーグ将軍?それにしてはいささか若すぎやしませんかね。」
「ダルマスカのローゼンバーグ将軍が生きてるクポ?それは初耳クポ・・・。」
「バッシュってだれ?えらいひと?すごいひと?わるいひと?」
無邪気に手を引いて聞いてくる子供に、ヴァンは胸を張って答えた。
「俺が、バッシュだ。」
「お兄ちゃんがローゼンバーグしょうぐんなの?」
すると、子供はませっくれた顔で肩をすくめた。
「ふーん、しょうぐんゴッコしてるんだ?お兄ちゃん、子供だね~。」
「なんだとー?!」
子供に馬鹿にされたヴァンは、意地になって声を張り上げた。
「俺の名は、バッシュ・フォン・ローゼンバーグ!!バッシュは生きているぞ!」
「俺がバッシュだ!」
すると、さっきのビュエルバ警備兵が血相を変えて飛んできた。
「さっきから何をやっているんですか!あまりおかしな噂を流すと逮捕しますよ!」
「わ、わかったよ!」
ヴァンは失笑に包まれながら転がるようにカフ空中テラスから逃げ出した。
空中テラスから逃げ出して、ビュエルバのメインストリート、トラヴィカ大通りへとやってきたヴァンは、流れる人並みの真ん中で、どうしたものかと辺りを見回した。
(昨日歩いた時に、ビュエルバで人が一杯いたところと言えば・・・)
「マイテの魔法屋でーす!」
「ビュエルバで一番繁盛してるタージの武器屋だよ!」
(やっぱりこういう所だよな・・・)
今日も朝からたくさんの客で賑わっている魔法屋と武器屋の前で、ヴァンはウロウロしながら大声を上げた。
「俺の名は、バッシュ・フォン・ローゼンバーグ!!」
「オンドール侯の発表は嘘っぱちだ!」
「俺がバッシュだ!」
だが当然と言えば当然ながら、ヴァンのアピールを耳にした市民達は、やっぱり馬鹿にしたように笑いながら通り過ぎていく。
「あら、あなたもしかして知らないの?ダルマスカが負けた時にオンドール様が発表したのよ。アーシェ王女は死んで、将軍は処刑されたって。」
「あんたがローゼンバーグ将軍?へえ、死んだって聞いたんだけどな。オンドール様はそう発表したぜ。」
「・・・・・思い出したわ。ダルマスカの将軍でしょう?その人が国王を殺したせいで、戦争が長引いたのよね。処刑されたって発表があったけど・・・・生きてるの?」
「ダルマスカの王様を殺した将軍のこと?その人、とっくに死んでるわよ。だってオンドール様がそう発表なさったんだもの。」
「バッシュ・フォン・ローゼンバーグ将軍?もうこの世の人ではないはずです。侯爵ご自身が処刑を発表したのですから。」
口元だけは営業用の微笑を張り付けたビュエルバガイドの冷たい視線を受け流しながら、ヴァンはしょっぱい顔で鼻を擦った。
(ったく、どいつもこいつもバカの一つ覚えみたいに「オンドール様がそう発表した」ってさ・・・。)
ビュエルバの人間は侯爵が言う事なら何でも鵜呑みにするんだろうか。偉い人なら絶対間違わないと思っているんだろうか。・・・もっとも、彼の言う事を鵜呑みにしたのはダルマスカ国民も同じなのだが。
だが、バッシュは生きている。彼が反逆者であろうとなかろうと、処刑されたという侯爵の発表が嘘だったことだけは間違いない。侯爵が帝国の嘘に追従したことで、レックス兄さんの総てを奪ったあの事件は、完成したのだ。
(オンドール侯爵こそ、国王殺しの共犯じゃないか
憮然として立ち尽くすヴァンの傍らで、
「あなたがローゼンバーグ将軍というわけ?またずいぶんと若い将軍様ね。」
冷やかすように笑ったヒュムの女が、独り言のように囁いた。
「・・・・・あまり騒ぎを大きくしない方がいいわよ。」
「侯爵が反帝国組織を支援?そんな話はデタラメです。」
クス空中広場の担当の警備兵が、日焼けした顔で真面目くさって答えた。
「平和な日常に退屈した連中が流しているんでしょう。侯爵閣下のおかげで平和なのにいい気なもんですよ。」
警備兵はそう言って、広場を逍遥する人々の姿に誇らしげな顔を向けた。
「こんにちは旅の方!ここはビュエルバ市民の憩いの場、クス中央広場です。美しい景観で人気のスポットでございますよ。」
ビュエルバガイドの歯切れのいい声が響く。トラヴィカ大通りの西に位置するクス空中広場は、敷石のテラスが空に向かって緩やかな階段状に高く連なって囲むような作りになっていた。目のくらむような高さとスリルではカフ空中テラスに一歩譲るが、規則正しく植えられた樹樹が緑のレースのような穏やかな陰を作り、落ち着いた美しさを見せている。この広場もまた人々の良き憩いの場なのであろう、封鎖が解けるのを待ちかねたように、多くのビュエルバ市民と観光客の姿があった。
「俺の名は、バッシュ・フォン・ローゼンバーグ!!」
「ローゼンバーグしょうぐん?」
「おう!俺がバッシュだ!」
「よくわかんないけど、ママに聞いてみるね。」
「・・・。」
「やっぱ子供相手に口コミを期待してもダメだな。」
ヴァンは口を尖らせた。
「どうせ子供の言う事なんか、誰もまともに聞いちゃくれないだろうし。」 「お前が言うな。」
「ん?」
ヴァンはそんな声が聞こえたような気がしたが、すぐに忘れて広場をぐるりと見回した。のんびり歩く人々の向こうの広場の端のこじんまりとした露店が開いていて、アイテムや土産物に人が集まっている。ヴァンはさっそくそっちへ行ってみた。
「昔はこの広場にもたくさん露店が出てたんだけど、帝国軍が来るようになってから少しずつ減っちゃって、ついにこのよろず屋さんだけになっちゃったの。」
「ほぉ、それは残念ですなぁ。」
観光客の男と地元の女性が穏やかに言葉を交わしている。このあたりでまたひと騒ぎやらかしてみるかと、ヴァンは大きく胸を張って右手をビシッと上げた。
「俺の・・・」
その時、近くにいたヒュムの男の声が耳に入った。
「この上にいた兵隊が話してたんだけどな、帝国軍の大艦隊がビュエルバに近づいているらしいぜ。」
「ああ、俺も聞いた。もうすぐ帝国の艦隊がやってくるそうじゃないか。」
それを聞いたヴァンは、手を降ろして石造りの広場をぐーっと見回した。赤茶けた石の壁に木々の緑が影を落とす壁の上に目を遣って、北の壁の向こうを見て、息を止めた。
(帝国兵がいる!・・・)
広場の北側の高い壁の向こう、ちょうど侯爵邸のある方向の高台に、小さく黒い人影が見える。木立の影に紛れるようにしているが、嫌というほど見慣れた帝国兵の黒い甲冑に違いなかった。まるでこっそり監視しているみたいに広場の方を見ている。
だが、それもさほど珍しいことでもないのだろう。言葉を交わす市民達は慣れた調子で話を続ける。
「帝国軍は寄港するたびに大量の物資を買い付けるから、お前ら商人達にとってはチャンス到来ってわけだな。」
「ヘヘ・・・まあな。」
「このまえは浮雲亭で散々帝国の悪口言ってくだ巻いてたくせに、調子いいもんだ。」
冷やかすヒュムの男に、青いシークは大きな口を開けて笑った。
「そりゃあ帝国は気に食わねえよ。でもよ、そこをグーッとこらえて適当につきあうのが大人の態度ってもんよ。」
(何が大人だよ。)
ヴァンはその男達に向かって石でも蹴りつけてやりたかった。
偉そうな顔したって、要は意気地がなくて自分が可愛いだけじゃないか。
ヴァンは目の端で帝国兵の姿を見ながら、改めて大声を上げてみせた。
「俺の名は、バッシュ・フォン・ローゼンバーグ!!オンドール侯の発表は嘘っぱちだ!」
その声に、鼓膜が破れそうなほどホイッスルを吹きながらビュエルバ警備兵が駆け寄ってきた。
「ウソ、大げさ、まぎらわしい!ビュエルバでは全部禁じられています!オンドール様の信用を傷つけると許しませんよ!」
言われて逃げ出すヴァンの姿を、馬鹿にしたような市民達の笑い声が追う。オンドール侯爵当人が、まぎらわしいウソをついたなんてことは、誰一人信じない。
群衆の好奇の中で、ただ一人格好のつかない道化をやりながら、それでもヴァンはどこか冷めた目で自分を見ていた。
(こんなの、もう慣れたもんな・・・。)
故郷の街でさえ、ヴァンは一人浮いている思いをしてきたのだから。
ナルビナから物言わぬ残骸にされて帰ってきたレックスに向かって、同じダルマスカ人の少なくない人々が反逆者バッシュの仲間だと公然と罵り、冷たく陰口をたたいた。そしてもっと多くの人々は口では同情しながら本音はレックスを共犯だと信じていた。
ヴァンはそんな世間に一人刃向かっては白い目で見られ、憐れみに唾吐く言葉を返しては厄介者扱いされた。人々の冷めた好奇の目と冷笑に一人きりで晒されることには、とうの昔に慣れてしまった。
ヴァンはそう自分に言い聞かせて歯を食いしばってきた。同胞達の心ない声に耳を塞ぎたくなった時も、紅い帝国旗と黒い甲冑に息が詰まりそうになった時も、そう吐き捨ててダウンタウンの狭い空を見上げてきたのだ。
なのに今、自分はそのバッシュに協力して、彼の名を騙っている 。
『俺の名は、バッシュ・フォン・ローゼンバーグ!!バッシュは生きているぞ!』
ヴァンは不思議な気持ちを感じながら、なおも道化じみた素っ頓狂な声を張り上げて街を走った。
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