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Chap.3-16 The Return to Home -帰郷- [Chapter3 地の底で見たもの]


「酷いめにあったな・・・」
 バルフレアが苦り切った顔で土埃に塗れた服を払った。
 フランがくすんでしまった長い銀髪を振ると、それこそ煙のように土埃が舞った。

「ゲホッ・・・」
 ヴァンは瓦礫の間で四つんばいになったまま、崩れた坑道が吐き出す埃にむせた。
 顔を上げると、日の光が正面から眩しく目を射た。
(助かった・・・)
 ヴァンはゆっくりと立ち上がった。
 ミミッククイーンが誘発した地下道の落盤から間一髪で逃れた先は、目にも眩しい太陽の光が射す青空の下だった。僅かな高台になったその場所から見渡すと、幾重もの砂の丘が、波のように連なって目の前一杯に広がっている。
 ついに、地下道から脱出することが出来たのだ。


「ダルマスカの風が、これほど懐かしいとはな・・・。」
 バッシュは吹き抜ける風の中、2年ぶりに目にする太陽の光に目を細めた。
 ただごうごうと風が鳴る静かな砂漠は日の光に黄金色に輝き、遠く駆け回るウルフ達の赤毛の背中が小さく見える。
 バッシュの視線を追いながら、ヴァンはバルフレアとフランの方にゆっくりと歩み寄った。
「ここ・・・どこだ?」
 細かな砂の混じる風に手を翳しながら、バルフレアは答えた。
「どうやら東ダルマスカ砂漠だ。干上がる前にラバナスタへ戻るぞ。     かまわんな、将軍?」
「ああ、一刻も早く戻りたい。」
 バッシュの返答には微塵の迷いもなかった。
「人々は私を恨んでいるだろうが、果たすべき務めがある。」
 その揺るぎない深い声は、ヴァンの胸にしみるように響いた。

 バルフレアが砂まみれの地図を広げた。風に煽られる地図にコンパスを当て、周りの風景と丁寧に見比べていく。
「・・・ネブラ河の南・・・『砂原の天板』だな。」
 その判断にフランも頷いた。
「ラバナスタはここから南西の方向になるわね。」
「おうちは近いぜ、ヴァン。」
 ヴァンはバルフレアの軽口には答えずに、周りの風景へと目を向けていた。
 正面の無数に連なる砂丘の遙か遠くに、キラキラと輝く細い帯が見える。砂漠の大河・ネブラ河が日の光を照り返しているのだ。それに沿うように繁る緑の木々の間からは、糸を引くように白く細い煙が上がっている。そのネブラ河沿いの集落からは、河を北へ渡る渡し船が出ているはずだ。
 河の光から更に流れの右手を見ると、遙か遠くの山々の間からナルビナ城塞の高い塔が、ごく小さく見えた。

      俺達、あそこから逃げてきたんだ。

 陽炎に揺れる白い塔を見ていると、地下牢のすえた臭いと、ダグザ達と拳を交わした時の血の臭いが蘇ってくるようだった。

 絶望した嗤い声を上げる囚人達、荒々しい賞金稼ぎ達、
 そして目にした、帝国のジャッジマスター、
 そして出会った、思いもかけない過去の亡霊     .

 ヴァンは空を見上げた。
 ずっとずっと見たかった輝く青い空が、そこにあった。
 だがその青空を目にしても、ヴァンの心は空と同じようには晴れてはくれなかった。
 まるで地下の闇も一緒に抱えてきたかのように、光の中に暗い影が湧き上がって、混じり、ヴァンの胸の中で渦巻き続けていた。

 地図を見ながらバルフレアが言った。
「・・・正面の岩山から崖沿いに回り込んで南に下る。その先の砂紋の迷宮は見通しが効かない。勝手にうろついてはぐれるんじゃ・・・」
 そこでヴァンの方を見た彼は舌打ちした。「・・・チッ!」

 ヴァンはもう既に、短剣を手に一人砂漠に向かって駆けだしていた。



 砂の上をうろつくウルフに向かって、ヴァンは手当たり次第に斬りつけた。
「キャーンッ!」
 もんどり打って1頭が砂に転がると、次々に仲間達が牙を剥いて集まってくる。
 その爪を軽くかわして次々に喉笛に斬りつけると、ウルフは右から左へと吹っ飛んだ。
「このっ!」
「ギャッァ!!」
 血糊に塗れる短剣を振りかざしながら、ヴァンはおたからを盗んでやろうとさえ思わなかった。
 じりじりするような胸の中の苛立ちが、魔物と一緒に失せてしまえばいいと思った。
「グルルゥゥ・・・」
「えいっ!!」
「ヒャンッ!!」
 相手にするウルフ達は、この前砂漠で相手にした時とはまるで違って感じた。
 地下道で相手にした魔物達に比べれば襲いかかる牙も鋭い爪も容易に避けられたし、剣を振るえば一撃で倒すことも難しくはない。ついこの前はポーションを飲みながら必死で剣を振り回していた相手だなんて、嘘みたいだった。
 幾重もの金の波が重なるような広大な砂漠を、短剣を握りしめてヴァンは駆け回った。崖下の日陰に群れる野生のコッカトリスを見つければ、そのフワフワの茶色の風船玉みたいな鳥達に向かって、飢えたウルフのように襲いかかった。
 一頭、また一頭とその手が魔物を倒すたび、ヴァンは苛立つ胸の中が痺れたように麻痺していくのが分かった。代わりに、ダグザ達に拳を振るった時にも感じた、痛みを伴う野蛮な満足感が取って代わっていく。ヴァンにはそれが心地よかった。

 青い空の下、魔物の断末魔が次々に響く。
 1日の日の光を吸い込んで熱くたぎった砂が、ヴァンの足の下でサラサラと崩れる。
 砂丘の手前に見える限りの魔物を倒すと、ヴァンは大きく息を吐いて、大人達の方を振り返った。
「何やってんだよ!」
 まだ地下道の出口の前でこっちを眺めている三人に向かって、ヴァンは笑顔を向けて大きく手を振った。
「急いでラバナスタに帰るんだろ?!ほら、早く行こうぜ!」
 そう言ってヴァンは一人、眩しい西日を左手にいっぱいに受けながら、風の鳴る砂丘の向うへ走っていった。


 そのヴァンの後ろ姿を、三人の大人達は、正面から射す日に目を細めながら唖然として眺めていた。
「早くって、あの野郎・・・」
「まっすぐ”北”に向かって走ってくわね。」
「・・・・・・。」
「逆だ、馬鹿。」
 バルフレアは面倒くさそうに小さく溜息をついた。「ったく・・・」
「置いて帰るわけにもいかないしな。」
 そう言って銃を手に取って、ネブラ河の方角へと足を向けた時だった。
「・・・ん?」
 砂丘の向こうから、だんだんヴァンの悲鳴が近づいてきた。

「うわぁぁ     っ!!」



「痛てっ!痛てぇっ!!」
 ヴァンは砂丘の上を転がるようにこちらへ向けて走ってくる。走りながら、時々ピョコンピョコンと飛び上がっては何やら悲鳴をあげている。
「・・・何やってんだ?あいつは。」
 スナネズミみたいに走り回るヴァンを、よくもまあ砂の上であれだけ早く足が回転するものだと、三人が妙に感心して眺めていると、ヴァンのすぐ後ろから何やら大きな丸いものがコロコロと転がってくるのが見えた。
 その茶色の玉はヴァンに追いつくやいなや、頑丈なかぎ爪の足を踏ん張って短い翼を広げると、鋭い嘴を持った太った鳥の姿になった。
 牛ほどもある大きなコッカトリスだ。
「グェーッ!!」
「うわっ!」
 そいつがまん丸の体で後ろから体当たりすると、ヴァンの体はつつかれた芋虫みたいにピョンと飛び上がった。つんのめって転がるところを、黄色い嘴がガンガン追いかけ回す。
 ヴァンは短剣を振るう間もなく必死で逃げ回った。
「ちょ・・・ボーッと突っ立ってないで助けろ!!」
 ヴァンは走りながら大人達に向かって怒鳴った。
「このコッカトリス、やたら強いん・・・痛てぇっ!」
 ヴァンの尻を思いっきりつついた大きなコッカトリスは、鷲の雛みたいに根性の座った顔で、火を噴くような大音声を上げた。
「ピギャァ     ッ!!」

「ネクベト!」
 フランが鋭い声を上げた。
「しめた、レアだ!」
 バルフレアは目を輝かせると、銃を構えるのももどかしく一気に砂丘を滑り降りた。
「ヴァン!そいつは絶対逃がすなよ!」「はぁ?!」
「逃げてるのは俺の方なんだけど!!」
「レアモンスターにお目にかかるチャンスは早々無いんだ、死んでも逃がすな!」
「勝手なこと言うな!・・・痛てっ!」
 砂の上に銃声が響き、へたばったヴァンをフランのケアルが包む。「将軍!」
 砂丘の下からバルフレアの声が飛んだ。
「急ぎのところ悪いが、あんたも付き合え!」
 一気にレアモンスター狩りに豹変した一行に、バッシュは一人苦笑して剣を手に取った。


「ヴァン、そいつがメスだったら卵を盗れよ!」
「そんなのどうすりゃ分かるんだよ?!痛てっ!このっ!畜生ーっ!!」


 





 ヴァンは手元のおたからを眺めると、思わず頬が緩んだ。
「ヘッヘッヘー。」
 まだネクベトにつつかれた尻はズキズキするが、そんなこと気にもならなかった。
 カイツ達に自慢してやろうかな。売り払ったギルで何がおごってやろうかな。
 それとも、飛空艇を買うために貯金でもしようかな。

 ヴァン達は、東ダルマスカ砂漠を南へ下って岩山が並ぶ砂紋の迷宮を越え、前にはぐれトマトを倒しに来た砂段の丘を進んでいた。
 突然変異のレアモンスターにうっかり手を出して痛い目には遭ったものの、その辺を走り回ってる魔物なら4人がかりだと相手にならない。どんどん狩り立てれば、次々に手に入るおたからは一人で来た時とは比べものにならなかった。
 バッシュは要らないと言うし、バルフレア達も「ガラクタは要らない」と大した数は取らなかったから、たくさんのガラクタ・・・もとい、おたからは、ほとんどヴァンの戦利品になった。
 小さな羽根でも安い皮でも、多ければ多いほど、やはり嬉しいものだ。

 夕暮れが迫る砂漠の空は、ネクベトから盗んだ卵によく似た虹色に染まって、見上げる間にも夜の青さをだんだん濃くしていく。薔薇色が残る南西の空には、狩人の三つ星が低く輝き始めた。
「すっかり日が暮れたわね。」
「キャンプで休むと言い張る奴がいたからな。」
「だってさー。」
 ヴァンは尻をさすりながら口を尖らせた。
「あんなにネクベトにつつかれたらポーションぐらいで間に合うかよ。・・・それに、意地でも卵を盗めって言ったのアンタだろ。あれで余計につつかれたんだぞ。」
 剣を振るうはバッシュに任せて、つつかれてもドツかれてもケアルで粘って三人がかりで挑んだ挙げ句、その突然変異のコッカトリスから虹色の卵を盗むのに成功した頃には、ヴァンもフランもケアルを唱える余力も尽きて、すっかり疲労困憊のガス欠状態だった。
「・・・そのうえ、成功したのは俺じゃないし。」
 ヴァンはバルフレアの手の中で転がる虹色の卵を見ながらボヤいた。
「ま、次がんばりな。」
「ちぇっ。」

 四人は、時折絡んでくるウルフを撥ね付けながら、剣のように尖ったバロースの青葉の茂みを越え、マニョールの樹の白い影が伸びる砂の丘を登った。欠伸をしながらノコノコ歩いているサボテンとすれ違い、この前はぐれトマトを追い回した小さな崖の脇を過ぎると、砂岩の崖に開かれた狭い切り通しが見えてきた。
「ラバナスタだ!」
 ヴァンは思わず歓声をあげた。
 切り通しの崖の間から、見慣れた古い城壁と王宮の尖塔が陽炎に揺れていた。

      帰ってきたのだ。ラバナスタに。


 





 夕闇にそびえる城壁のたもと、東門へと続く石畳の通りまで来て、四人は足を止めた。
 無事にラバナスタに着いて、ここでお別れだ。
 東門の前は、城門が閉まる前に市内へ入ろうとする人とチョコボ車でごった返していた。石畳を撃つ足音と車輪の音に、耳障りな甲冑と軍靴の音が混じる。
「市内に入る者は急げ!まもなく城門を閉めるぞ!」
「はいはい、待ってくださいよー。」
 居丈高に怒鳴る帝国兵の前を、荷物を担いだ男が背中を丸めていそいそと通り過ぎる。
「怪しい品はありませんって!」 
「不穏な騒ぎがあったばかりだ。文句を言うな!」
「ちっ・・・」
 執拗に荷物を調べられるバンガ族の商人が天を仰ぐ横で、観光客らしい帝国風の身なりのヒュム達が談笑しながら門をくぐっていく。
 その城門に下がった巨大なアルケイディア帝国旗が、ここは帝国領だと大声で宣言していた。

 ヴァンは、目の前の光景に胸の中がすうっと冷めていくのが分かった。
 傲慢に威圧する帝国兵。卑屈に作り笑いをするダルマスカ人。黒い甲冑と紅い帝国旗。
 帰りたかった街なのに、いざ帰りついてみると・・・やっぱり息が詰まる。

 ヴァンは、無言で城門の帝国旗を見上げているバッシュの背を見た。
 目の前の光景は、彼にはどう映っているのだろう。
 ラバナスタがこんな街になったのも、この男のせいなのだ。
      .ずっと、そう思ってた。

 バッシュが振り返った。
「世話になった。」
「俺なら人混みは避けるね。この街ではあんたは未だに裏切者だ。」
 バルフレアの言葉に、バッシュは頷いた。
「反乱軍はすぐに私を見つけるだろうな。」
「”解放軍”だ。」
 刺すようなヴァンの言葉に、バッシュは少し驚いたような顔をした。
「将軍はまず時差ボケを治す必要がありそうだな。」
 バルフレアが苦笑した。
「終戦前から檻の中で帝国兵ばかりに囲まれてちゃ無理もないが、昔のお仲間の前で反乱軍なんて言ったら殺されるぜ。」
「・・・心得よう。」
 二人のやり取りを前にして、ヴァンは目を伏せた。

『解放軍です     

 アマリアの痛々しいほどに鋭い眼差しが思い出された。
 あいつ、今どうしてるんだろう     .

「縁があったらまた会おう。」
 ヴァンは顔を上げた。バッシュの硬く澄んだ瞳が静かに自分を見ていた。
「レックスの墓参りがしたい     
 バッシュのその言葉に、ヴァンは何も答えなかった。
 何も言えず、ただ顔を背けた。
 ヴァンの答えを待たずに、バッシュは三人に背を向けた。
 遠ざかる静かな足音が消えて、ヴァンの目が再びその背を追った時、バッシュの姿はもう家路を急ぐ人々の長い影に紛れて見えなくなっていた。
 無言で人波を見つめるヴァンに、バルフレアとフランもまた別れを告げた。
「脱獄囚なんだからな。当分大人しくしてろ。」
 そのまま行ってしまおうとするバルフレアの背に、
「魔石はいいのか?」
 ヴァンは思わず尋ねた。
 彼の足が止まった。
「・・・好きにしろ。あれは縁起が悪い。」
「でも・・・」
「後悔してるのよ。」
 当惑するヴァンにフランが言った。
「あれを狙ったせいで面倒に巻き込まれたから。」
 訳知り顔な相棒の言葉にバツが悪いのか、バルフレアはそっぽを向いたまま言った。
「くれるのか?」
「俺のだ。」
「じゃあ聞くな。     お譲ちゃんによろしくな。」
 そう言うと、バルフレアは振り返りもせずに外門前広場へ向かう人波へと消えていった。
「しばらくラバナスタにいるわ。」
 そう言って相棒の後に続いたフランの長い耳も、やがて宵闇の雑踏に混ざって見えなくなった。


 ヴァンは一人、家路を急ぐ人波の中で、三人が消えていった雑踏を見つめていた。
 砂漠を照らす残照も城壁の向うに沈んで、冷んやりとした風と共に辺りに夜の帳が降りてきた。
 ヴァンは、ポケットから女神の魔石を取り出した。
 石は透き通った美しい緋色の光を宿して、掌の中で静かに輝いている。
「なあ、兄さん。」
 ヴァンは呟いた。
「・・・バッシュを信じていいのかな。」
 何も答えない緋色の魔石に目を落として、ヴァンは思った。
 この石が女神像の中から姿を現してから、どれだけたくさんのことが起こっただろう。
 あの時、石に手を伸ばした自分と、今ここにいる自分。その胸の中を渦巻くものは、余りにも違っていた。
 もし、この石を手にしなければ     .

「・・・さっさと売ろう。こんなもの     
 ヴァンはポツリと呟いた。
 値段なんか幾らだって構いやしない。でも・・・
「・・・その前に。」
 ヴァンはニンマリ笑った。
「パンネロに見せてやるか。心配かけたし。」
 これだけ綺麗な石なら、パンネロだってきっと喜ぶだろう。
 だがそこで、
「ふぁぁ~ぁ・・・」
 顎が外れそうなほど大きな欠伸が水を差した。
「・・・眠ぃ。」
 日が落ちるのと一緒に、ヴァンに強烈な睡魔が襲ってきた。
 なにしろガラムサイズ水路に潜って以来、慣れない剣を振るいっぱなしで、まともな寝床で眠れやしなかったのだ。・・・まぁ、ダウンタウンの寝床も、まともとはほど遠いのだが。
 ヴァンは大あくびで滲んだ涙を拭いながら呟いた。
「・・・明日にしよ。この時間じゃ、もうミゲロさんの店も締まってるし。」


 星空の下、ラバナスタの地上層に次々に灯りが点る。
 居並ぶ帝国兵の前を、そそくさと市民達が家路へ急ぐ。
「市民権の無い者は下層区に降りろ!」
 人波に帝国兵の声が飛ぶ中を、ヴァンも急ぎ足で東門をくぐった。


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